「中島敦展」記念 〈和歌でない歌〉秀歌発表!
[2019年11月16日(土)]
9月20日(金)から「中島敦展」開催にあわせて行った、
「文豪ストレイドッグス」とのコラボ企画「和歌でない歌」短歌募集にたくさんのご応募ありがとうございました。
11月8日(金)までにお寄せいただいた1039首のうちから秀歌を発表します。
特選となった歌のコメントは、「自由詠」については歌人の今野寿美先生から、「文豪ストレイドッグスキャラクター詠」については、
朝霧カフカ先生からのものです。
自由詠 編
特選
*発表順は、応募順です。今回の特選はいずれも「中島敦展」を詠んだ作品となりました。
- 雨音がつつむ館内進みゆくあなたの旅路想うひととき なぎ
今野寿美先生のコメント
横浜港のほとりの文学館は、曲線をたどるようにわたしたちを導いてくれます。この秋の「中島敦展」。あまりに短い、それでいて濃密な中島敦の人生に心を添わせてゆくひとときは、雨の潤いのなか、いっそうしっとりと心を満たしたのですね。誰もが認める秀才が幼いころ新しい母になつかず、その体験を二度まで経て、虚弱体質のまま文学に分け入って……。そんな敦の旅路のせつなさが、この一首からそのまま伝わってくるようでした。転地療養のためパラオにまで赴いた敦ですが、「旅路」には人生の意味合いを強く感じます。そもそも文学館の展示はそういうもので、そこが魅力なのではないでしょうか。敦に直接語りかけたスタイルに作者のやさしさが感じられました。
- 靴下がさかさまなれど拘らずてにをはきびし君が愛しさ ぱんだ
今野寿美先生のコメント
アインシュタインは靴下が左右で違うペアであっても気づかなかったとか。横浜高等女学校の教師として女生徒の目に映った敦は、靴下のかかとが上になっていても気づかないというのですから、アインシュタイン並みの、もしかしたらそれ以上の無頓着。「中島敦の会会報」に寄せられた回想のパネル紹介はなんともほほえましく印象深いものでした。靴下、はいているうちにずれちゃったのでしょうけれど、普通なら履き心地で気がつくはずなのにね。そんな鷹揚さも、まん丸眼鏡も長い前髪も女生徒たちの注目をひきつけたに違いなく、慕わしい先生のイメージですね。この歌からは、今の時代にはなかなか出会えそうにない感じの、というところまで読み取れそうな気がしました。理想の教師像が思い描ける作者の、どこかお見通しの一首ですね。
- 短いと思う私は長く生き明日は何をしようかと思う はる
今野寿美先生のコメント
敦とわが身を大胆な感じでからませてしまった個性的な作りですね。自分の人生は短いに違いないと思いながら生きてきたはずなんだけど、いつのまにか敦よりずっとずっと長く生きているんだ、という気づきは、展示に吸い寄せられながら、まず浮かんで思いを離れなくなった一点だったのでしょう。それだけ短い生涯だったのに敦のなしたことの大きさったら、と圧倒されるばかり。だれだってそうですよね。モーツァルト35歳、石川啄木26歳、中島敦33歳。すぐれた人びとの享年に思いを致しながら、この一首のおもしろさは下の句で思いきり転換し、この私、明日は何を…?と自問して放ったところ。無邪気とも生真面目とも、でもそんな展開のできてしまうところが短歌一首の強みでもあります。
優秀賞
- 短歌って?わからないなとつぶやけばいつのまにやらできてたなんて miazaasudo
- 真っ当な社会人にも虎にもなれず今日も夜更けに筆をとる 小萩
- 風そよぐ汐汲坂を上がりつつ敦を偲ぶ十九の秋 じょえ
- いつの日も余白に落書き変わらずに短し人生自分次第 黒あじ
- 薄明に追われる鳥に追い抜かれ帰りたくない思いを消して 槙
- 息子宛異国の文に海豚(イルカ)描き貴方の優しさ今に伝える 星恋
- 横浜の小径を歩きラムボール中島敦の思い出めぐる ヌー
- 秋薔薇の丘より見ゆるわだつみの彼方にもあらん光と風と夢 万洋
- 人生は既知な不可能未知な可能ただひたすらに行ったり来たり 堀江幽玉
- ふうわりと紅葉のように舞い落ちる言の葉拾いわれは歌えり 一粒の種
文豪ストレイドッグスキャラクター詠 編特選
*発表順は、応募順です。
◆ 中島敦へ ◆
- お母さん中島敦大好きで私の前髪やや右下がり ののん
朝霧カフカ先生のコメント
するすると流れてくるような語呂のよさ、そしてするすると頭に入ってくる明瞭な内容。親子で文ストファン、髪を切ってもらう仲の良さ。ゆるやかであたたかな雰囲気が伝わってきます。でもお母さん、プロの腕前でもない限り、あの髪型は危険ではないでしょうか……?
◆ 織田作之助へ ◆
- 秋天の君へ昇れよ鎮魂歌(レクイエム)見果てぬ夢の欠片集めて 瑞風そよぎ
朝霧カフカ先生のコメント
秋の空は高いと言います。秋の空は乾燥していて、空がより深く青く見えるからです。高く、深く、どこまでも遠い場所へ昇っていく織田作之助の魂。夢半ばで断絶した彼の人生を、「夢の欠片を集めながら昇れ」と歌う優しさと美しさ。救いの宿った綺麗な歌です。
◆ 文豪ストレイドッグスのキャラクター全員 と 横浜へ ◆
- あこがれの面影探してこの街へここにいたのと母に力説 シメサバ
朝霧カフカ先生のコメント
横浜に対する歌です。母親とふたりで聖地巡礼(作中に登場する場所を訪れること)ということは、小中学生か、遠方に住む方なのでしょう。「力説」という言葉の選びが素晴らしい。ただ言うだけではない、力の入った身振りと説明、母親の微笑みまで見えてくるようです。
◆ 太宰治へ ◆
- 力なく迷えるただの人であれ弱さに寄り添うわれら人なり 麦の穂
朝霧カフカ先生のコメント
おそらく組合編終盤、鏡花への説法をする太宰を歌ったものでしょう。迷ったり、弱かったり、自分を否定したりする人間そのものを肯定する太宰の懐の深さ。そして何よりこの歌で秀逸なのは最期の句「われら人なり」です。この言葉で急に、太宰がこちらを向いて、われわれに話しかけているような近さ、「人であるもの」全員に届くような親密さがあります。
優秀賞
◆ 中島敦と、文豪ストレイドッグスの中島敦へ ◆
白き帆の受けし風よ時を越え虎の魂を震わせたまへ 月虹
君を知り彼の人生きた道を知る募る愛しさよりいっそうと きの
◆ 中島敦へ ◆
ゆらゆらと風に揺蕩う白銀や朝焼けの瞳決して揺らがず Summer
真っ直ぐな君の瞳に導かれ我も踏み出す新たなる道 あや
月を噛め風を切り裂け闇を呑め愛し愛されそして、生きよ 瑞風そよぎ
- 潮風の香りほのかに横浜の街をかけゆく虎はまぼろし ふじこ
◆ 広津柳浪へ ◆
- うつろひて港の街の五十余年弔いの煙(けむ)椿や燃ゆる いもに
◆ 夏目漱石へ ◆
- 三毛猫の尾に起こされし昼下がり淡い午睡の心地良きかな 上総るこ
◆ 与謝野晶子へ ◆
- 女など後ろを歩けと謂う坊や背中見せるとは良い度胸だねぇ 黒猫の母
◆ 坂口安吾へ ◆
- こんな夜はくだらぬ酒に酔いたくて友と並びてただ酔いたくて 槙
◆ 中原中也と、文豪ストレイドッグスの中原中也へ ◆
- 君思い昼夜問わず君を読む汚れつちまつた悲しみに アヤカ
◆ 太宰治、中原中也へ ◆
- 十五歳青い青春唐突に隣で走りいがみ合い りんご
◆ 澁澤龍彦へ ◆
- 無垢求め一角獣は斃(たお)れしか幽かに聞こゆトラツグミの悲歌 青蓮