神奈川文学年表 昭和元年~10年

大正15年/昭和01年(1926年)
1月3日 坪内逍遙(66)、国府津の高田半峰の別邸香実荘に招かれて、妻と行く。 『坪内逍遙事典』年譜
1月3日 石井柏亭(43)、箱根の仙石原に行き、俵石閣に滞在中の与謝野晶子、与謝野寛と合流する。 「明星」第二次
1月10日 若山牧水(40)、沼津在住中、小田原に北原白秋を訪ね、詩歌総合雑誌の創刊準備のことを話し、上京する。 『若山牧水全集』書簡
1月11日 藤田湘子、小田原に生まれる。 『日本近代文学大事典』
1月上旬 長田幹彦(38)、湯河原に滞在する。 「よみうり抄」
1月15日 芥川龍之介(33)、湯河原に静養に行き、中西屋に滞在する。31日に鎌倉に菅虎雄を訪ねる。叔父の急病により、2月19日に帰京する。 『芥川龍之介全集』書簡
1月23日 妹尾義郎(36)、横浜に行き、県立高等女学校、女子師範学校で講演する。午後は県立横浜第二中学校で講演する。「滝沢(又一)校長がたいへんよろこんでくれた。どうぞ教育の根本に、宗教の―真に正しき宗教の考入されんことを望む切」。 『妹尾義郎日記』
1月26日 大槻文彦(78)、鎌倉に行き、「長谷大仏谷坂本氏邸」に避寒、滞在する。3月30日に帰京する。 『復軒旅日記』年譜
1月下旬 梶井基次郎(24)、中谷孝雄と箱根に遊ぶ。 『梶井基次郎全集』年譜、書簡
1月 前田夕暮(42)、伊東温泉からの帰途、家族と小田原の北原白秋を訪ねる。 前田透『評伝前田夕暮』年譜
1月 山川均(45)、山川菊栄(35)、鎌倉乱橋材木座二五七番地に転居する。 『山川菊栄全集』年譜
1月 倉田百三(34)、藤沢の元町五五六番地(「生活者」奥付による)に転居する。5月から雑誌「生活者」を発刊する。昭和4年春に東京に移る。 『倉田百三選集』別巻年譜
1月 林不忘(26)、鎌倉の材木座の向福寺の一室を借りて、新婚生活を送る。 『大衆文学大系』18年譜
1月 椿貞雄(29)、鎌倉の扇ケ谷一九二番地に転居する。 「よみうり抄」
1月 松本たかし(20)、鎌倉の浄明寺四番地の小屋に住みつく。昭和20年3月岩手に疎開する。 『現代俳句の世界』3年譜
2月4日 古泉千樫(39)、横浜の鶴見に行く。短歌一首。
2月6日 鶯亭金升(57)、湯河原に行き、上野屋に滞在中の岡部留吉を訪ね一泊する。 『鶯亭金升日記』
2月8日 福田正夫(32)、次女が急死し、生家の菩提寺である小田原早川の久翁寺に葬る。 『追想福田正夫』年譜
2月15日 木下利玄(40)、鎌倉の名越の自宅で死去する。17日、名越火葬場で荼毘に付される。 『木下利玄全集』年譜
2月18日 長田幹彦(38)、横浜の羽衣町の弁天倶楽部で開催された第四十二回劇友会で、山崎紫紅と共に講演をする。3月13日、横浜富士見町の富士見館で開かれた第四十三回劇友会で講演をする。 『横浜近代史総合年表』
2月末 岸田劉生(34)、京都から鎌倉の長谷一四二二番地に転居する。 岸田麗子『父岸田劉生』
2月 荻原井泉水(41)、湯河原に遊ぶ。俳句「湯河原の宿」。 「湯河原の宿」
2月 堀口大學(34)、与謝野寛、与謝野晶子夫妻に従い、新居格、高木藤太郎、吉田精一らと、横浜の金沢八景に吟行する。 『堀口大學全集』年譜
2月 佐佐木茂索(31)、湯河原に行き、中西屋に滞在中の芥川龍之介を訪ね、一緒に湯につかりヘソの見くらべなどをする。 「心覚えなど」
2月 藤森淳三(29)、湯河原ホテルに滞在する。 「文芸消息」(時事新報)
3月4日 河合栄治郎(35)、熱海へ行くつもりが、急に気が変って小田原で下車して箱根に行き、小湧谷に泊まる。「勝部氏の『新カント派の教育説』」を読む。7日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
3月7日 与謝野晶子(47)、与謝野寛(53)、堀口大學、新居格、吉田精一らと横浜の金沢八景と金沢文庫に行き、吾妻屋に一泊する。短歌「早春行」。 「明星」第二次
3月上旬 堀口大學(34)、横浜の金沢に滞在する。 「よみうり抄」
3月15日 志賀直哉(43)、夜京都から箱根に向かう。16日着か。21日に東京に行く。 『志賀直哉全集』日記
3月15日 高橋誠一郎(41)、横浜に行き、横浜社会館で開かれた、県主催の労働講座で講演する。 『横浜近代史総合年表』
3月15日 河合栄治郎(35)、横浜に行き、神奈川県社会教育課の講演会で講演をする。「此の種の講演に一種の自信」ができる。 『河合栄治郎全集』日記
3月28日 片岡鉄兵(32)、藤沢に行き、池谷信三郎の家の別荘にひとり夜を明かす。翌日、佐佐木茂索、長田重男が訪ねてくる。「私の一日」。 「私の一日」
3月31日 諏訪三郎(29)、川崎の明治製菓の争議解決取材のため、川崎南河原の争議団本部を訪ね、「表面は兎に角、全然敗北したんですつてさ」、「休戦するしかありません。時期を誤つたのです」などの言葉を聞く。 「私の一日」
3月 長田幹彦(39)、湯河原に滞在する。 「よみうり抄」
石川淳(27)、鎌倉の妙本寺前に家を借り、小牧近江が貸してくれたラミューズの著「悩めるジャン・リュック」を訳す。 「ジイドむかしばなし」
古木鉄太郎(26)、藤沢の鵠沼に行き、東屋に滞在中の芥川龍之介から原稿をもらう。 「芥川龍之介」
水原秋桜子(33)、相模の大垂水峠に遊んだ帰途、与瀬の町はずれから津久井の釣り橋を歩く。「谷深くうぐひす鳴けり夕霞」。夏に再び行く。「大垂水峠の夏」六句。 「自句自解」
4月1日 田中英光(13)、藤沢にある県立湘南中学校に入学し、毎日江の電で通学する。この年「赤い鳥」三月号に、詩「波」が掲載される。 『田中英光全集』年譜
4月3日 川端康成(26)、葉山の森戸海岸に住む横光利一を訪ね、そこで衣笠貞之助と会い、結成中の新感覚派映画連盟の件で片岡鉄兵に会うため、三人ですぐに東京に行く。 「独影自命」
4月5日 内村鑑三(65)、友人に招かれて湯河原に遊び、7日真鶴港にピクニックする。8日に帰京する。滞在中徳冨蘆花と語る。 『内村鑑三全集』日記
4月6日 徳冨蘆花(57)、湯河原に滞在中、内村鑑三の来遊を知り訪問する。翌日、内村鑑三が答礼訪問し、徳冨蘆花がトルストイを訪ねた際の話などをする。 『内村鑑三全集』日記
4月22日 芥川龍之介(34)、藤沢の鵠沼に静養に行き東屋に滞在する。以後翌年1月ごろまで鵠沼を生活の本拠とする。5月下旬に一時帰京する。 『芥川龍之介全集』書簡
4月 加藤一夫(39)、湯河原に行き、敷島館に泊まる。 「文芸時報」
5月2日 山口茂吉(24)、鎌倉に行き、師の斎藤茂吉の『金槐集私鈔』を鶴岡八幡宮に献本し、ついで藤沢の鵠沼に行く。短歌「鎌倉鵠沼」六首。 「鎌倉鵠沼」
5月10日 保田与重郎(16)、奈良県立畝傍中学四年生の修学旅行で、日光に行き、東京を経て、この日、江の島に泊まり、翌日出立する。 「文武会誌」第二十五号
5月10日 菅忠雄(27)、逗子町新宿二一一七に転居する。 「文芸時報」
5月末 横光利一(28)、妻キミを逗子小坪の湘南サナトリウムに入院させて付きそう。「寝たらぬ日記―湘南サナトリウムの病院にて」。 『横光利一全集』書簡
5月 八木重吉(28)、結核第二期と診断され、茅ケ崎の南湖院に入院する。 『八木重吉全集』年譜
5月 中戸川吉二(30)、鎌倉の扇ケ谷二九八に転居する。11月まで滞在を予定する。 「文芸時報」
6月8日 芥川龍之介(34)、藤沢の鵠沼に静養に戻り東屋に滞在する。下旬に帰京する。 『芥川龍之介全集』書簡
6月初旬 芥川龍之介(34)、妻を連れて湯河原に遊び一泊する。 芥川文子『追想芥川龍之介』
6月15日 今和次郎(31)、箱根の民家の屋根を調査する。「箱根町民家の屋根」。 「箱根町民家の屋根」
6月24日 横光利一(28)、妻キミが逗子小坪の湘南サナトリウムで死去する。 『横光利一全集』年譜
6月28日 山室軍平(53)、横浜港に、P・タフト号で、欧米の社会事業視察から帰国する。7月7日、横浜の高島町会館で、帰国第一回講演会を開く。 『横浜近代史総合年表』
6月 佐藤惣之助(35)、茅ケ崎に行き、南湖院に入院中の八木重吉を見舞う。(藤田年譜は昭和2年としているが、南湖院入院は大正15年なので修正しておく。もし昭和2年ならば、茅ケ崎の借家となる)。 藤田三郎『佐藤惣之助』年譜、修正
7月上旬 芥川龍之介(34)、藤沢の鵠沼に静養に戻り、東屋前の鵠沼イの四号に滞在する。途中一時帰京する。昭和2年1月2日に帰京する。 芥川文子『追想芥川龍之介』
7月13日 小穴隆一(31)、前日芥川龍之介からの電報に接し、藤沢の鵠沼に初めて行く。やがて「イの二号」に移り、芥川龍之介と隣りに住む。翌年2月に帰京する。 『二つの絵』
7月中旬 佐佐木茂索(31)、鎌倉に行き、久米正雄宅の向かい、大町蔵屋敷七七九に避暑する。 「よみうり抄」
7月26日 川端康成(27)、逗子三二四番地の菊池精米所裏に家を借り、横光利一、池谷信三郎、石浜金作らと合宿する。 沖本常吉あて書簡
7月 八木重吉(28)、茅ケ崎の南湖院を退院して、近くの十間坂五二二四番地に家を借り、自宅療養に入る。 『八木重吉全集』年譜
7月 中島健蔵(23)、横須賀の久里浜に行き、ペルリ提督記念碑の隣りに母が建てた小別荘に滞在する。サント・ブーヴの「ヴオリスプテ(愛欲)」、モークレールのポー論を読む。 『回想の文学』
8月1日 依田秋圃(40)、鎌倉に妻子を連れて遊び、由比ガ浜で海水浴に興じ、海浜近くの天幕宿舎に一泊する。短歌「由比ヶ浜の幕舎」十四首。 「由比ヶ浜の幕舎」
8月3日 古泉千樫(39)、箱根に行き、芦ノ湖畔本還寺で行われた増上寺主催の「山の上のつどひ」に参加する。8日に帰京する。 書簡
8月5日 辻本浩太郎(26)、一昨年にも訪れた三浦三崎に滞在し、この日、「読売新聞」に寄稿のため「三崎より」を書く。「表現は一つの暗示に過ぎない」と思い、また「海はすべての苦悶を忘れさせてくれる」と海を讃美する。
8月10日 佐佐木茂索(31)、久米正雄(34)、田中純(36)、松山省三(41)らが、鎌倉からモーターボートで逗子に菅忠雄を訪ね、菅忠雄も同乗する。夜、菅忠雄のもとに池谷信三郎が来る。 菅忠雄「八月十日の記」
8月 白井喬二(36)、鎌倉長谷の光則寺前の坂を上りきったところの家に滞在する。家の前が、中村是公の別荘であった。「朝日ヶ丘より―その二―」。 「朝日ヶ丘より―その二―」
8月 並木秋人(33)、茅ケ崎に行き、小出で講演する。 中畑信雄『歌人並木秋人』
8月 葉山嘉樹(32)、横浜に行き、サラリーマンユニオンの講演会に出る。かつての船の同僚たちを偲び、横浜港の岸壁を歩く。 『葉山嘉樹全集』書簡
8月 稲森宗太郎(25)、葉山に行き、避暑中の師窪田空穂を訪ね滞在する。ある日、二人で競泳するが少し負ける。 都筑省吾「稲森宗太郎伝」(歌集『水枕』所収)
8月 岡田三郎(36)、堀木克三(33)、大磯に滞在中、平塚に戸川貞雄を訪ね、街を歩く。 「文芸時報」
8月 霜田史光(30)、三崎町上橋の荒井邸内に転居する。 「文芸時報」
窪田空穂(49)、葉山で窪田章一郎ら家族と共にすごす。「葉山の夏」、短歌四首。 「葉山の夏」
池谷信三郎(25)、片岡鉄兵、石浜金作、川端康成、横光利一と、逗子の浜で合宿する。そのまま逗子に家を借りて住む。翌年東京に移る。 『池谷信三郎全集(一巻本)』年譜
九条武子(38)、逗子に静養する。佐佐木信綱から贈られた小金井素子(桑木厳翼の長女)の歌集『窓』を読む。「湘南逗子にて」。 「湘南逗子にて」
9月2日 徳富蘇峰(63)、横浜に行き、金沢の称名寺を訪ねる。翌年2月20日、杉田の梅を見て、再訪する。「称名寺二回の訪問」。 「称名寺二回の訪問」
9月19日 堀辰雄(21)、藤沢の鵠沼に滞在中の芥川龍之介を訪ね、一泊する。 芥川書簡
9月25日 斎藤茂吉(44)、土屋文明と藤沢の鵠沼に行き、芥川龍之介を見舞う。東屋で夕食を共にし、十一時頃芥川龍之介は帰る。翌日、朝食後に芥川龍之介が来て海岸を散歩する。午後帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
9月 小沢碧童(44)、藤沢の鵠沼に行き、小穴隆一と芥川龍之介を訪ねる。俳句二句。
9月 吉江喬松(46)、鎌倉五八八の和田邸内に転居する。翌年4月、坂ノ下原ノ台二三八に移る。 「文芸時報」
10月3日 徳富蘇峰(63)、妻と熱海への途中、湯河原に行き、天野屋に立ち寄る。新築改築で宿は面目一新であった。 「二日の小遊」
10月7日 前田河広一郎(38)、横浜に行き、桜木町の本願寺会館で開かれたプロレタリア文学講演会で講演する。新居格、江戸川乱歩、富士辰馬も講演する。 『横浜近代史総合年表』
10月12日 生田蝶介(37)、箱根に行き、堂ケ島で亡き妻をしのぶ。短歌「箱根堂ヶ島にて」。 「箱根堂ヶ島にて」
10月24日 妹尾義郎(36)、小田原に行き、新名女学校の同窓生で、「矢の走ることは、弓の力なり」を講演する。 『妹尾義郎日記』
10月31日 石川武美(39)、小田原の栢山に家族を連れて行き、二宮尊徳誕生の地を訪ねる。 「主婦之友」編輯日記
10月末 小沢碧童(44)、藤沢の鵠沼に数日間滞在し、芥川龍之介と会談する。 鷺只雄『芥川龍之介』
10月 室伏高信(34)、藤沢の鵠沼二二一七に転居する。 「文芸時報」
11月1日 中村星湖(42)、川崎の溝口に、早稲田の学生(上田久七)に連れられて行き、小学校で上演された溝口青年分団演劇部による演劇を見る。 「多摩川べりの一夜―溝ノ口の農民劇を見て―」
11月中旬 山口茂吉(24)、郷里で妹の葬儀を済ませて上京の途次、国府津に下車して、箱根を回り、夕方帰京する。 加藤淑子『山口茂吉』
11月27日 近衛秀麿(28)、横浜に行き、尾上町の指路協会で開かれた交響楽団演奏会で指揮をする。 『横浜近代史総合年表』
11月28日 宇野浩二(35)、藤沢の鵠沼に行き、滞在中の芥川龍之介を訪ね、夕食を共にし、ついで横須賀に行く。 鷺只雄『芥川龍之介』
11月 山川均(45)、山川菊栄(36)、鎌倉の内で稲村ガ崎海岸に転居する。 『山川菊栄集』年譜
11月 北大路魯山人(43)、鎌倉の深沢村山崎に窯を築く。翌年10月、魯山人窯研究所星岡窯が発足する。 「魯山人」展図録年譜
12月中旬 葉山嘉樹(32)、伊豆から三浦半島に新婚旅行をする。 『葉山嘉樹全集』年譜
12月30日 中村雨紅(29)、県立厚木実科高等女学校(現厚木東高校)教諭の辞令をうけ、翌年早々、赴任する。 厚木市立図書館編『夕焼け小焼け』
12月末 与謝野晶子(48)、与謝野寛(53)、箱根の小涌谷に行き、三河屋に滞在、越年する。5日まで滞在する。短歌「函山冬景」。 「明星」第二次
12月 宇野浩二(35)、湯河原に村上八重と行き、天野屋に滞在する。大正天皇崩御(25日)を伝えるラジオ放送を二人で聞く。 『宇野浩二全集』年譜
12月 羽仁説子(23)、藤沢の鵠沼に行き、東屋で転地療養をし、越年する。 「半生を語る」
12月 ささきふさ(29)、健康を害して鎌倉長谷坂ノ下二一番地に佐佐木茂索と共に転居する。 『佐佐木茂索随筆集』年譜
12月 里見弴(38)、鎌倉の内で西御門に転居する。 『里見弴全集』年譜
12月 吉野秀雄(24)、鎌倉で婚約者のはつと結婚する。 『吉野秀雄全集』年譜
小穴隆一(32)、藤沢の鵠沼に滞在中隣りに住む芥川龍之介夫妻と横浜に行き、オデヲン座でヴァレンチノの「熱砂の舞」を観る。 「影照」
吉野秀雄(24)、三浦三崎に遊ぶ。短歌「三浦三崎」三首、「相州三崎」一首。 「三浦三崎」、「相州三崎」
月日未詳 大佛次郎(29)、鎌倉の材木座一一六番地に移り、両親を迎える。 『大佛次郎全集』年譜
月日未詳 小林秀雄(24)、鎌倉の長谷大仏前鉄谷氏方に住む。逗子新宿二一一一番地池谷信三郎方にも滞在する。翌年にいたる。 武者小路実篤書簡
月日未詳 三宅克己(52)、真鶴町四八五番地に、ヨーロッパから帰国後の居を定める。昭和29年6月30日の死去まで同地に住む。 『神奈川県史』年表
月日未詳 吉江喬松(46)、鎌倉の長谷二三八番地に移り住む。翌年、東京に転居する。 『吉江喬松全集』年譜、書簡
月日未詳 中野秀人(28)、横浜港から出航、ヨーロッパ留学に向かう。昭和6年に帰国する。 『中野秀人全詩集』年譜
昭和02年(1927年)
新春 窪田空穂(49)、鎌倉長谷の旅館で読書と執筆の日を送る。長谷に住む吉江喬松と鎌倉の寺々を回る。短歌六首。 『窪田空穂全集』年譜
1月2日 平野万里(41)、箱根小湧谷に行き、三河屋に滞在中の与謝野晶子、与謝野寛と合流する。短歌「函山冬景」。 「明星」第二次
1月2日 水原秋桜子(34)、三浦三崎に、山口青邨、高野素十、三宅清三郎を誘って、吟行する。三崎漁港、城ケ島を回り「甲陽館」(岬陽館ヵ)に泊まる。翌日、油壺を回る。 『高浜虚子』
1月3日 羽仁説子(23)、藤沢の鵠沼に滞在中、二宮に知人を訪ねる。 「半生を語る」
1月3日 有島生馬(44)、箱根小湧谷に行き、三河屋に滞在中の与謝野晶子、与謝野寛らと合流する。短歌「函山冬景」。 「明星」第二次
1月4日 倉田百三(35)、藤沢の自宅で父が死去し、6日、遊行寺で葬儀を営む。 中西清三『倉田百三の生涯』
1月7日 中村雨紅(29)、厚木に転居する。 厚木市立中央図書館編『夕焼け小焼け』
1月16日 荒畑寒村(39)、1月12日に満期出獄し、神奈川の父を妻と共に訪ねる。 『久闊多罪』
1月17日 三木清(30)、林達夫と東京で会い、藤沢の鵠沼の林達夫宅に行き一泊する。 林達夫書簡
1月18日 和辻哲郎(37)、藤沢の鵠沼の高瀬家に行き、20日、辞して横浜の原家に行き泊まる。 林達夫書簡、全集書簡
1月22日 山川均(46)、荒畑寒村(39)、堺利彦(55)、鎌倉から江の島に遊ぶ。途中片瀬で写真を撮る。 山川均『からす』所収写真裏書
1月29日 田山花袋(54)、鎌倉に急行する。長男専蔵が吉江喬松の娘に恋して面会を強要したため留置されたのを引きとる。 小林一郎『田山花袋研究』
2月3日 松本たかし(21)、高浜虚子一行の大船、鎌倉探梅行に参加する。 「ホトトギス」
2月5日 宮本百合子(27)、国府津に行き、父の別荘に一泊する。 『宮本百合子全集』日記
2月6日 綿貫六助(46)、平塚に行き、戸川貞雄を訪ね、松原海岸の翁屋に一泊する。「平塚海岸の一夜」。 「平塚海岸の一夜」
2月7日 河合栄治郎(36)、御大喪の日、箱根に行くつもりで汽車に乗ったが、箱根は混雑すると思い、藤沢で下車して鵠沼に行く。しかし満員のため、改めて箱根に向かい、宮ノ下の富士屋ホテルに泊まる。「ケヤードの伝」を読む。9日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
2月16日 荻原井泉水(42)、湯河原に遊び、遠州屋に二泊する。俳句「梅咲く下」十二句。 『ゆうぐも集』
2月19日 川端茅舎(29)、鎌倉に行き、岸田劉生邸での「蕪青会」に出席する。 角川書店『現代俳句文学全集 川端茅舎集』年譜
2月27日 山室軍平(54)、横浜に行き、生糸検査所で開かれた、新任救世軍司令官山室軍平少将来浜歓迎会に出席する。 『横浜近代史総合年表』
2月末 橋本夢道(23)、横須賀に戦艦「山城」の参観に招かれて行く。海軍工廠の食堂で親子丼をふるまわれる。たまたま隣りに坐っていた女性の丼に割箸がついて来なかったので、すばやく自分のを差し出す。これがのちに妻となる静子との運命的な出会いである。「随時随想、妻」。 「随時随想、妻」
2月 久米正雄(35)、鎌倉の内で雪ノ下に転居する。かつては九条武子もちょっと住んでいたというライト式のバンガローを借りる。 『二階堂放話』写真
2月 久保田万太郎(37)、鎌倉に行き香風園を訪れる。 句詞書き
3月5日 牧野信一(30)、生活の窮乏と神経衰弱のため、小田原の実家に帰り、転居通知を出す。5年春、再び上京する。 『牧野信一全集』書簡
3月7日 河合栄治郎(36)、箱根に行き、宮ノ下の富士屋ホテルに泊まる。バーカーの「不信の国家」を読む。 『河合栄治郎全集』日記
3月7日 若山牧水(41)、富士山の裾野から湖尻峠を越えて、箱根仙石原に一泊する。翌日、雪の箱根に遊んで帰宅する。 『若山牧水全集』書簡
3月下旬 芥川龍之介(35)、藤沢の鵠沼に静養に行き、東屋に滞在する。4月2日に帰京する。 『芥川龍之介全集』年譜
3月下旬 田村俊子(52)、湯河原に行き、湯河原ホテルに遊ぶ。 瀬戸内晴美『田村俊子』所収年譜
3月 加藤一夫(40)、都筑郡新治村中山(現横浜市緑区)に、三階建ての洋風の豪邸を建てて移る。 神谷量平「龍宿山房跡」
3月 堀木克三(34)、相馬泰三、戸川貞雄と打ち連れて大磯に行き、正宗白鳥を訪ねる。 正宗白鳥氏の印象
3月 細田民樹(35)、湯河原に滞在する。 「文芸時報」
臼田亜浪(48)、三浦三崎に遊ぶ。俳句五句。
4月1日 大野林火(23)、横浜鶴見の日本光機工業株式会社に入社する。 「俳句」31巻12号年譜
4月6日 太田玉茗(55)、3月から転地療養していた小田原の海浜病院で、糖尿病のため死去する。 小林一郎『田山花袋研究』
4月10日 斎藤茂吉(44)、子の斎藤茂太と山口茂吉と三人で鎌倉に遊び、江の島にも行き、藤沢で牛肉を食べて帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
4月25日 内村鑑三(66)、4月1日に開通したばかりの小田原電車(小田急)で川崎の登戸に行き、散策する。 『内村鑑三全集』日記
4月30日 徳富蘇峰(64)、箱根の長興山荘を訪れ、翌日、箱根を一周、5月2日、小田原城、飯泉観音を見て、鴨宮から汽車で帰京する。「長興山荘遊記」。 「長興山荘遊記」
4月末 並木秋人(33)、藤沢の江の島に行き、歌誌「常春」の神奈川県大会を開く。 中畑信夫『歌人並木秋人』
4月 上林暁(24)、改造社々員として『現代日本文学全集』の宣伝のために湘南地方の小都市の本屋を回る。 「青春自画像」
晩春 生田春月(35)、川崎登戸の野道を一日散歩する。 「影は夢見る」
5月1日 万鉄五郎(41)、茅ケ崎の自宅で死去する。 『神奈川県美術風土記』
5月5日 折口信夫(40)、大山に行き阿夫利神社の大山能を観る。翌日帰京する。 『折口信夫全集』書簡
5月27日 犬養健(30)、横浜尾上町の指路教会で催された現代日本文学全集講演映画大会で講演する。上司小剣、木村毅も講演する。 『横浜近代史総合年表』
5月29日 石川武美(39)、鎌倉に家族と行き、半日の清遊を楽しむ。 「主婦之友」編輯日記
5月下旬 梶井基次郎(26)、逗子に行き病気療養中の友人飯島正を見舞う。 『梶井基次郎全集』年譜、書簡
5月 山川均(46)、山川菊栄(36)、鎌倉極楽寺五一五番地に家を新築して、稲村ケ崎海岸から転居する。 『山川菊栄集』年譜
5月 徳田秋声(55)、逗子の山田順子方に滞在する。 「文芸時報」
6月12日 河合栄治郎(36)、箱根に行き、大平台の観光旅館に一泊する。「こうして何もかも忘れて、呑気に日を暮すのが却つてpayすることを近頃発見する」。 『河合栄治郎全集』日記
6月15日 芥川龍之介(35)、鎌倉に住む佐佐木茂索を訪ね、居合わせた菅忠雄、川端康成とも会う。藤沢の鵠沼に行き、一泊する。 『芥川龍之介事典』
6月27日 沢柳政太郎(62)、横浜港から出航、ホノルルで開かれる第二回太平洋問題調査会大会に出席のため、ハワイに向かう。ついでアメリカ、イギリスを回り、11月12日に帰国する。 沢柳礼次郎『吾父沢柳政太郎』
6月下旬 宮武外骨(60)、箱根に行き、湯本の万碧楼で二、三日湯治をする。気分がよくなって帰京すると全身に発疹をみる。尿毒症の前兆と診断される。 「再生外骨の復活動」
6月 宇野浩二(35)、箱根の強羅に行くが、精神に変調をきたし、数日で帰京する。 『宇野浩二全集』年譜
7月4日 内村鑑三(66)、三浦半島の油壺に行き帝国大学臨海実験所を訪ねる。逗子から三浦三崎までの自動車旅行は愉快であった。 『内村鑑三全集』日記
7月10日 籾山梓月(49)、鎌倉扇ケ谷の寿福寺境内に住み、この日から「鎌倉日記」の稿をおこす。病中仰臥のままの俳句、文章である。8月28日に終わる。『鎌倉日記伊香保日記』。 『鎌倉日記伊香保日記』
7月10日 石川武美(39)、鎌倉に家族と遊ぶ。山ゆりが満開であった。 『石川武美全集』年譜
7月20日 内村鑑三(66)、葉山に行き、堀内に家を借りて8月31日まで滞在する。 『内村鑑三全集』日記
8月1日 井上正夫(46)、横浜に行き、喜楽座で一座の公演をする。 『神奈川県史』年表
8月12日 徳富蘇峰(64)、富士山麓を回っての帰途、仙石原に出て仙郷楼に泊まる。翌日、小田原に出て汽車で帰京する。「休養小遊記」。 「休養小遊記」
8月19日 加藤武雄(39)、川崎の溝口の小学校に行き、橘樹郡青年団の夏期講習会で、県社会教育課に頼まれて講演する。 「ある日の日記」
8月 岡田三郎(37)、横浜の弘明寺町一九四に転居する。 「文芸時報」
8月 平林初之輔(35)、湯河原に滞在する。 「文芸時報」
8月 木村毅(33)、葉山に避暑する。 「文芸時報」
丸岡明(20)、葉山に行き、友人の家を訪ねる。 『丸岡明小説全集』年譜
9月11日 石川武美(39)、逗子に家族と行き、自動車で三浦三崎に遊ぶ。「この道中は、何度通つてもあかぬところだ」。 「主婦之友」編輯日記
9月25日 石川武美(39)、鎌倉に家族と行き、清遊する。 『石川武美全集』年譜
9月 五島美代子(29)、鎌倉稲村ガ崎に病後保養のため12月まで滞在する。短歌「鎌倉に住みて」四首。 『五島美代子全歌集』年譜
9月 金子薫園(50)、鎌倉の円覚寺、藤沢の竜口寺に遊ぶ。短歌「篠懸は黄に」。 「篠懸は黄に」
10月13日 志賀直哉(44)、奈良から鎌倉の叔父直方を訪ねたあと箱根に行き、強羅の別荘に泊まる。 『志賀直哉全集』書簡
10月26日 八木重吉(29)、茅ケ崎の療養先の寓居で妻の名を呼びながら死去する。翌日、告別式、茅ケ崎で荼毘に付される。 『八木重吉全集』年譜
10月29日 葛西善蔵(40)、鎌倉七里ガ浜の鈴木療養所に入院する。12月30日に退院帰宅する。 『葛西善蔵全集』書簡
10月30日 水谷八重子(22)、横浜に行き、喜楽座で芸術座の舞台に出演する。 『神奈川県史』年表
10月30日 石川武美(40)、横浜沖の観艦式を子供連れで見に出かけたが、雨のため予定をかえて箱根に行く。 『石川武美全集』年譜
10月 渾大防小平(37)、箱根の仙石原に遊ぶ。 『渾大防小平遺稿集』年譜
10月 並木秋人(34)、川崎に行き、桝形山に吟行する。「常春」の同人たちとの間に違和が生じる。 中畑信雄『歌人並木秋人』
10月 佐佐木茂索(32)、妻ささきふさと鎌倉の内で扇ケ谷寿福寺境内に転居する。4年11月に東京へ引きあげる。 『佐佐木茂索随筆集』年譜
10月 津村信夫(18)、鎌倉に行き、坂ノ下の旅館海月楼に滞在して肋膜炎の予後を養う。翌年3月にかけてしばしば訪れる。 『津村信夫全集』年譜
11月3日 内村鑑三(66)、明治節のこの日、妻と小田急ではじめて箱根まで行き、玉簾の滝、早雲寺などを見物して帰る。 『内村鑑三全集』日記
11月13日 石川武美(40)、逗子に子供らと行き、神武寺を訪ねる。 『石川武美全集』年譜
11月 青山二郎(26)、妻八重が病死し、小田原に葬る。詩「小田原」。 『青山二郎文集』
12月3日 中勘助(42)、平塚の自宅から真鶴に蜜柑を見に行く。 『しづかな流』
12月15日 内村鑑三(66)、塚本虎二、畔上賢造と共に横浜聖書研究会の晩餐会に招かれ、主賓として出席する。 『内村鑑三全集』日記
12月21日 鶯亭金升(59)、湯河原に振付師の水木歌仙夫妻と行き、天野屋に一泊する。芸妓組合の役員たちと新曲の相談をする。新曲は「湯河原音頭」として25日に完成する。 『鶯亭金升日記』
12月23日 河合栄治郎(36)、静岡の江尻からの帰途、箱根に立ちより呑気にすごす。26日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
12月26日 和辻哲郎(38)、藤沢の鵠沼へ一家で行き、越年、3年1月7日に帰京する。 『和辻哲郎全集』書簡
12月31日 水原秋桜子(35)、鎌倉の虚子庵に招かれて行き、池内たけし、高野素十と共に一日ゆっくり遊ぶ。 『高浜虚子』
12月 田中純(37)、大橋幾久子と結婚して藤沢の鵠沼に住む。広津和郎がこの家に二、三回訪ねてきた。 「文芸時報」『妻』所収年譜、「鎌倉小町の思い出」
12月 高田保(32)、小田原に行く。 「文芸時報」
12月 昇曙夢(49)、鎌倉の稲村ガ崎五一一七に転居する。 「文芸時報」
12月 渡平民(29)、鎌倉の乱橋材木座三六九に転居する。 「文芸時報」
昭和03年(1928年)
1月3日 徳富蘇峰(64)、真鶴に行き、三宅克己の新居を訪ね、ついで湯河原に行き、熱海に向かう。 「戊辰の新年」
1月3日 小島政二郎(33)、鎌倉に行き、佐佐木茂索の家に遊ぶ。二人は『芥川龍之介全集』の編集に従事しており、校正の話はなるべくしないようにしようとした。 「校正を了へて」
1月16日 坪内逍遙(68)、国府津に行き、高田半峰の別邸香実荘で、高田半峰、市島春城と映画撮影をする。 『坪内逍遙事典』年譜
1月21日 野口雨情(45)、横浜の指路教会で開かれた早大横浜会文芸講演会で講演をする。宮島新三郎、帆足理一郎、岡田三郎なども講演する。 『横浜近代史総合年表』
1月 加藤武雄(39)、箱根に乗馬旅行をする。誤って落馬する。 「文芸時報」
2月4日 近衛秀麿(29)、横浜に行き、開港記念会館で開かれた、横浜音楽同好会主催の交響楽大演奏会で指揮をする。 『横浜近代史総合年表』
2月7日 秦豊吉(36)、午前中に、横浜Y船渠を訪問する。 「勤人一週間」
2月11日 小沢碧童(46)、横浜の根岸に行き、鴬山の水上氏閑古亭を初めて訪ねる。俳句二句。
2月13日 与謝野寛(54)、与謝野晶子(49)、鎌倉に行き、初めて扇ケ谷の内山英保宅を訪ねる。その山房は与謝野寛によって冬柏山房と名づけられる。夜は要山の香風園に雅宴を張る。 内山英保「山房消息」
2月13日 佐藤さとる、横須賀に生まれる。 『佐藤さとる全集』年譜
2月15日 山室軍平(55)、横浜に行き、開港記念会館で開かれた講演会で講演する。 『横浜近代史総合年表』
2月18日 五百木飄亭(57)、横浜の鶴見に行き、総持寺で催された根津一の一周忌法要に参列する。 『飄亭句日記』
2月21日 寺田寅彦(49)、子供を連れて鎌倉に行く。 『寺田寅彦全集』書簡
3月3日 田中貢太郎(48)、川崎の仕事先に行くが、することがないので、昼食がわりに川崎駅近くの銭湯に行き、午後帰京する。「私の一日」。 「私の一日」
3月4日 若山牧水(42)、御殿場から長尾峠を越えて箱根に久しぶりの足試しをし、木賀温泉に一泊する。翌日吹雪の中を湯本に出て福住楼に泊まる。6日、湯河原に行き、中西屋旅館に泊まる。ついで熱海、伊東に向かう。 『若山牧水全集』書簡
3月4日 山崎紫紅(53)、神奈川県青和会の依頼で、秦野の曽屋小学校で講演をする。 「文章倶楽部」
3月18日 松根東洋城(50)、横浜に「渋柿」同人と行き、汽艇「柳」に乗船して、横浜支会の例会の海上雅宴に臨む。海上二里の航程で横浜金沢の長浜に上陸し、浜館で句座を開く。「観音崎に富津と云へば霞かな」。俳句二十七句。 「吟行」(同行諸氏)、「渋柿」
3月29日 小沢碧童(46)、横浜に行き、弘明寺、根岸などの俳友を訪ねる。三渓園にも行く。俳句「遠藤家」一句、「本牧三渓園」三句など。 「遠藤家」、「本牧三渓園」
田中冬二(33)、芦ノ湖に遊ぶ。詩「芦の湖にて」。 「芦の湖にて」
4月上旬 河合栄治郎(37)、箱根に行き、仙石原の俵石閣にはじめて滞在し大いに気に入る。「静かだ、静かで実によい。……而も実に安い。よい所を見出したものであつた」。中旬に帰京する。以来、死の直前、昭和19年2月13日~14日の滞在まで、月に数度はこの宿ですごし、「書斎が移動したよう」であった。 江上照彦『河合栄治郎伝』
4月22日 石川武美(40)、鎌倉に所用で行き、七里ガ浜から藤沢を回って帰る。 『石川武美全集』年譜
4月24日 坪内逍遙(68)、真鶴に遊ぶ。 『坪内逍遙事典』年譜
4月29日 石川武美(40)、横浜に家族など十人ほどで行き、子安荘で筍掘りに興じる。十貫余の筍を掘る。 「主婦之友」編輯日記
4月下旬 堀辰雄(23)、湯河原に行き、箱根屋に滞在する。 『堀辰雄全集』年譜、書簡
4月 臼田亜浪(49)、津久井に行き、中津に建てられた句碑「鵯のそれきり鳴かず雪の暮」(大正9年1月の作)の除幕式に出席する。 『臼田亜浪全句集』年譜
晩春 岡麓(51)、横浜の金沢に、高田浪吉、鹿児島寿蔵と行き、称名寺に遊ぶ。「古寺の門前せまるなだり坂荒畠のはなに海すこし見ゆ」。短歌「金沢称名寺」十三首。 「金沢称名寺」、『岡麓全歌集』
5月1日 小沢碧童(46)、鎌倉に行き、坂ノ下の尾啓寮に滞在、4日夜に帰京する。俳句七句。7月25日~27日にも滞在する。俳句二句。
5月6日 石川武美(40)、三浦半島に家族と行き、横須賀、浦賀、久里浜、三浦三崎、逗子を回る。 『石川武美全集』年譜
5月10日 五百木飄亭(57)、川崎の稲田村登戸に行き、川崎杜外を訪ねる。「窓若葉桝形城も目のあたり」。 『飄亭句日記』
5月13日 佐藤惣之助(37)、横浜港から大洋丸で出航、満州・朝鮮の視察に向かう。6月20日、川崎に帰着する。 藤田三郎『佐藤惣之助』
5月20日 岡本綺堂(55)、「嫩会員」の箱根行に参加して塔之沢一の湯に泊まる。21日、強羅から元箱根、小湧谷を経て夜帰京する。 『岡本綺堂日記』続 
5月 北条秀司(25)、小田原十字に一家をあげて移り住む。日本電力社員として、箱根登山鉄道株式会社の創立に当たる。十年間の在住中に箱根全山を歩く。14年4月1日、東京に移る。 『私の履歴書』
5月 依田秋圃(42)、三十年前曾遊の地三浦半島に行き、三浦三崎に一泊して城ケ島、油壺などを回る。短歌「三浦三崎」六首。 「三浦三崎」
初夏 稲森宗太郎(26)、横浜に友人と行き、本牧の海岸を歩く。短歌「友と横浜の海辺を歩みて」五首。 「友と横浜の海辺を歩みて」
6月3日 小沢碧童(46)、鎌倉に行き、稲村ガ崎に遊ぶ。俳句一句。
6月10日 石川武美(40)、伊勢原に子供らと行き、大山に登る。 『石川武美全集』年譜
6月12日 小沢碧童(46)、横浜に行き、弘明寺の成瀬家に遊ぶ。俳句一句。
6月17日 河合栄治郎(37)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。「自由主義」の講義案を考える。19日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
7月1日 石川武美(40)、箱根に家族と行き、強羅に遊ぶ。 『石川武美全集』年譜
7月8日 石川武美(40)、横浜の金沢から山越えで鎌倉を訪ねる。「鎌倉の美は、海よりも山にある」と思う。 「主婦之友」編輯日記
7月8日 小沢碧童(46)横浜に行き、成瀬氏日吉荘の参会に出る。俳句二句。8月5日にも行く。俳句四句。11月11日、成瀬氏三十一回の誕生日祝賀にも行く。俳句一句。
7月13日 山崎紫紅(53)、横浜馬車道の桜山ホテルに行き、安斎一安短詩出版記念会に出席する。 『横浜近代史総合年表』
7月中旬 宇野浩二(36)、箱根に行き、塔の沢一の湯に滞在し静養する。滞在中十日に一度ぐらい小田原に住む牧野信一と会う。初秋に、上林暁が原稿をとりに二度訪れる。 『一途の道』、「『枯木のある風景』まで」
7月29日 石川武美(40)、鎌倉に家人らと行き、建長寺、明月院、東慶寺、円覚寺などを回る。「山百合の咲く、鎌倉の山はなつかしい」。 「主婦之友」編輯日記
7月下旬 平田禿木(55)、大磯に避暑する。東京を出るのは十数年ぶりである。 『平田禿木選集』年譜
7月 橋爪健(28)、藤沢に行き、保養をかねて鵠沼海岸に住む。 「文芸時報」
8月10日 伊福部隆輝(30)、鎌倉由比ガ浜に師の生田長江を訪ね、「芸術と生活」について歓談する。「生田長江氏を訪ねて芸術と生活とを談ず」。 「生田長江氏を訪ねて芸術と生活とを談ず」
8月15日 戸川貞雄(33)、堀木克三(36)、百田宗治(35)、岡野直七郎(32)、秦野に行き、小学校を会場に文芸講演会を開く。近頃稀なことだと言われる。 「文芸時報」
8月28日 草鹿外吉、鎌倉に生まれる。 『現代日本人名録』
8月 白井喬二(38)、鎌倉に行き、長谷坂ノ下九一で静養する。 「鎌倉日記」、「文芸時報」
中河与一(31)、逗子に避暑中、横須賀に帰港した第一艦隊を見に行き、旧友の吉井少佐に会う。「潜水艦訪問記」。 「潜水艦訪問記」
黒島伝治(29)、湯河原に行き、吉浜海岸で療養する。 浜賀知彦『黒島伝治の軌跡』年譜
夏~秋 牧野信一(31)、箱根滞在中の宇野浩二としばしば往来する。 宇野浩二「牧野と嘉村」
9月1日 斎藤茂吉(46)、土屋文明、高田浪吉、山口茂吉らと箱根に行き、強羅の別荘に滞在、4日、帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
9月10日 島崎藤村(56)、小田原町に北村透谷記念碑建立答申書を提出する。 『斎藤茂吉全集』年譜
9月 上林暁(25)、箱根に行き、塔之沢一の湯に滞在中の宇野浩二に原稿を催促する。一泊したが果たせなかった。 「改造社時代」
9月 水上滝太郎(40)、箱根に妻と母を伴って遊ぶ。のち母の紀行「こころの友」を印行する。 『水上滝太郎全集』年譜
9月 陶山篤太郎(33)、川崎市の市議会議員選挙に社会民主党から出馬し、最高点で当選する。 「文芸時報」
10月7日 岡本一平(42)、横浜に行き、開港記念会館で「カルカチユアデー」を開催する。 『横浜近代史総合年表』
10月14日 石川武美(41)、三浦半島に家族と行き、三浦三崎、横須賀、金沢、杉田を回り、横浜に出て帰京する。 『石川武美全集』年譜
10月17日 山口茂吉(26)、川崎の柿生に友人と遊ぶ。短歌「柿生村」七首。 加藤淑子『山口茂吉』
10月24日 佐佐木信綱(56)、横浜に行き、横浜貿易新報社で開かれた横浜文化講座で講演する。新渡戸稲造も講演する。 『横浜近代史総合年表』
10月26日 斎藤茂吉(46)、岡麓と箱根強羅の別荘に行く。土屋文明らが先着して掃除などをしてくれていた。28日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
10月29日 内村鑑三(67)、横浜に遊び、港内をボートで回り、三渓園に行き、ホテル・ニューグランドで馳走になり、帰京する。 『内村鑑三全集』日記
10月末 荻原井泉水(44)、秋より家を求めて鎌倉を歩き、佐助ケ谷に住居を定める。俳句「佐助ケ谷」。11月、江の島に遊ぶ。俳句「江の島」。 「佐助ケ谷」、「江の島」
10月 前田夕暮(45)、矢代東村らを伴い、東秦野村文芸講話会に出席し、講演する。帰途弘法山に上る。 前田透『評伝前田夕暮』年譜
竹尾忠吉(31)、三浦三崎に遊ぶ。短歌「三浦三崎」七首。 「三浦三崎」
大熊長次郎(27)、秦野に行き、亡友の家を訪れ、墓に詣でる。短歌「大木良の家」。 「大木良の家」
稲森宗太郎(27)、鎌倉に友人と行き、由比ガ浜などに遊ぶ。短歌「由比ガ浜に近きあたりにて……」三首。「鎌倉の海にて」四首。 「由比ガ浜に近きあたりにて……」、「鎌倉の海にて」
11月3日 河合栄治郎(37)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。ケヤード「道徳学説研究」、ブラッドレー「快楽のための快楽」を読む。5日、国府津に行き、蔦屋に二泊、「大きな松の間から海を見下しながら」、里見弴の長編小説集を「涙を落して読み耽り」、「どん底に沈みながら失わぬ美しい心」を見出す。7日再び箱根に戻り、17日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
11月3日 石川武美(41)、明治節に、横浜の川和に家族と行き、菊見を楽しむ。 『石川武美全集』年譜
11月4日 島崎藤村(56)、前日に静子と結婚し、三浦三崎に新婚旅行に出、横須賀公郷町に祖先の家永島氏を訪ねる。 『島崎藤村全集』年譜
11月10日 橋本夢道(25)、小田原に恋人の静子と行き、自動車で箱根塔之沢の環翠楼に泊まる。初めて静子と結ばれる。天皇即位の日であった。「透明な温泉壺に沈ませている裸形の恋人も」。「随時随想・妻」。 「随時随想、妻」
11月11日 石川武美(41)、逗子に家族と行き、神武寺を訪ねる。 『石川武美全集』年譜
11月23日 正宗白鳥(52)、横浜港から日本郵船のコレア丸で出航、夫人を伴い世界漫遊の旅に出る。パリで中村星湖に出会う。4年10月21日、神戸に帰着する。 『正宗白鳥全集』年譜、書簡
11月24日 河合栄治郎(37)、妻たちと箱根旅行に出かけ、仙石原の俵石閣に泊まる。29日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
11月24日 宮武外骨(61)、箱根で小野和子と結婚する。 『予は危険人物なり』
11月25日 石川武美(41)、小田原に同行五人で行き、道了尊を訪ねる。 『石川武美全集』年譜
11月末 山本有三(41)、鎌倉に行く。 「文芸時報」
12月2日 与謝野寛(55)、与謝野晶子(49)、鎌倉に行き、平野万里と共に扇ケ谷の冬柏山房を訪ねる。高浜虚子、荻原井泉水が先客として在った。午後は冬柏会第六回例会が開かれ、夜、自動車で横浜のダンス場見物に出かける。 内山英保『冬柏山房抄』
12月4日 萩原朔太郎(42)、横浜に行き、御大礼特別観艦式を見る。 『萩原朔太郎全集』年譜
12月11日 島崎藤村(56)、湯河原に行き、伊藤屋旅館に二泊する。 『島崎藤村全集』書簡
12月11日 西田幾多郎(58)、鎌倉に行き、乱橋材木座三六八番地に滞在、冬をすごす。翌年3月、京都に帰る。 『西田幾多郎全集』書簡
12月15日 小沢碧童(47)、鎌倉に行き、坂ノ下の高木家に泊まる。翌日、三浦半島周りに向かう。秋谷の不動庵に泊まる。17日、武山村長井、初声村和田、油壺に行く。18日、北下浦村津久井、長沢野比、北下浦、久里浜を吟行し、19日、帰京する。俳句多数。
12月20日 八木柊一郎、横浜に生まれる。 『日本近代文学大事典』
12月末 並木秋人(35)、横浜に居を移し、東横線妙蓮寺駅近くの神奈川区篠原町に住む。対山居と号す。5年4月、東京に戻る。 中畑信雄『歌人並木秋人』
12月 川崎長太郎(27)、小田原の牧野信一を訪ねる。「冬」。 「冬」
月日未詳 土方与志(30)、藤沢の鵠沼に行き、友人長谷川路可の実家でもある東屋で、結核の療養をする。 尾崎宏次・茨城憲『土方与志』
月日未詳 子母沢寛(36)、藤沢の鵠沼西海岸に別荘を借り、毎年夏をそこで過ごすようになる。 『子母沢寛文学碑建立記念誌』
月日未詳 小杉天外(63)、逗子に移り、桜山の借家に住む。 『明治文学全集』65年譜
昭和04年(1929年)
1月1日 内村鑑三(67)、逗子に行き、海浜の旅館で静養する。某大家に心臓肥大し体力疲労の由を指摘される。11日に帰京する。 『内村鑑三全集』日記
1月1日 川路柳虹(40)、鎌倉で越年する。 「私の一日」
1月2日 浅原六朗(33)、大宅壮一、楢崎勤を誘って藤沢の辻堂に中村武羅夫を訪ね、徹宵して遊びに興じる。「私の一日」。 「私の一日」
1月3日 鈴木大拙(58)、鎌倉で新年を迎え滞在中の西田幾多郎を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
1月3日 松居松葉(58)、逗子に滞在中、同宿の内村鑑三と歓談する。 『内村鑑三全集』日記
1月4日 岩波茂雄(47)、箱根に行き、雪踏みわけて二子山に登る。 安倍能成『岩波茂雄伝』
1月5日 矢内原忠雄(35)、鎌倉に子供を連れて行き、西永家でのお正月の吉例会に出る。新渡戸稲造も訪問する。 『矢内原忠雄全集』日記
1月6日 岩波茂雄(47)、鎌倉で新年を迎え滞在中の西田幾多郎を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
1月7日 新渡戸稲造(66)、鎌倉で内村鑑三とおちあい、同窓の友の葬儀に列するため上京する。 『内村鑑三全集』日記
1月9日 宮本和吉(45)、鎌倉で新年を迎え滞在中の西田幾多郎を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
1月23日 岡本綺堂(56)、湯河原に行き、湯河原会館に滞在する。途中数回の帰京をふくみ、2月12日に熱海に移る。10月1日から14日まで再び湯河原に滞在する。 『岡本綺堂日記』続 
1月27日 荻原井泉水(44)、湯河原に遊び、ついで熱海におもむく。 『ひぐらし集』年譜
1月30日 妹尾義郎(39)、静岡からの帰途、平塚に立ちより、海軍火薬廠官舎七号に友人を訪ねる。 『妹尾義郎日記』
1月 折口信夫(41)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に滞在する。 『折口信夫全集』書簡
1月 太田水穂(52)、横浜鶴見の総持寺で潮音社第十五周年大会を開く。太田青丘も出席する。島崎藤村「感想」、安倍能成「個と全」の講演もある。太田水穂「あけぼの」八首。四賀光子「記念大会」四首。 『太田水穂全歌集』年譜
1月 小沢碧童(47)、横浜に行き、根岸の柏華去留軒に主人の病気を見舞う。俳句一句。
2月2日 倉田百三(37)、鎌倉で新年を迎え滞在中の西田幾多郎を訪ねる。17日に長与善郎と共に再訪する。 『西田幾多郎全集』日記
2月3日 石川武美(41)、川崎の登戸に行き、早春節分の日の郊外を訪ねる。 「主婦之友」編輯日記
2月10日 河合栄治郎(37)、鎌倉に行き、海浜ホテルでレーニンのマルクスを読む。夕方、タクシーで逗子に行き、小野塚喜平次を訪ね、夕食を馳走になって帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
2月14日 麻生久(37)、横浜に行き、中村町の中村館で開かれた、日本大衆党横浜支部主催の倒閣演説会で演説する。 『横浜近代史総合年表』
2月15日 九鬼周造(41)、鎌倉の海岸ホテルに滞在中、鎌倉に滞在の西田幾多郎の訪問をうけ、ベルグソンの娘ジャンの画を贈る。 『西田幾多郎全集』日記
2月17日 折口信夫(42)、横浜に行き、横浜高等商業学校(現横浜商業高校)で開かれた文芸部創立記念会で、「万葉人の生活」を講演する。北原白秋は「児童自由詩の鑑賞」を講演する。 『横浜近代史総合年表』
2月 菅忠雄(30)、鎌倉の御用邸通り裁許橋側に転居する。 「文芸時報」
早春 高村豊周(38)、湯河原に妻と遊ぶ。短歌「浴泉抄」十三首。 「浴泉抄」
3月1日 荻原井泉水(44)、江の島に遊び、「江の島に春風を飽喫す」。 『ひぐらし集』年譜
3月14日 西田幾多郎(58)、横須賀に行き、橘方を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
3月20日 小沢碧童(47)、鎌倉に行き、滞在する。24日、敬次郎死去。名越火葬場で荼毘に付す。俳句五句。
3月28日 妹尾義郎(39)、鎌倉に行き、額田病院で講演する。 『妹尾義郎日記』
3月31日 石川武美(41)、横浜から多摩川を散策する。 『石川武美全集』年譜
3月 野村胡堂(46)、鎌倉の極楽寺五三八に転居する。 「文芸時報」
橋本徳寿(34)、三浦三崎に行き、城ケ島に遊ぶ。短歌「城ケ島」八首。 「城ケ島」
大佛次郎(31)、鎌倉の雪ノ下四二〇番地に二階家を新築し、父母を迎える。「赤穂浪士」が好評で、その印税による。父親はこの年11月3日に死去する。 石田五郎『野尻抱影』
4月11日 小沢碧童(47)、横浜に行き、弘明寺の日吉荘月並会に出席する。俳句一句。
4月12日 暁烏敏(51)、横浜港を出航、天洋丸でアメリカに向かう。8月10日、静岡丸で横浜港に帰着する。 「アメリカ紀行」
4月13日 斎藤茂吉(46)、平福百穂の歌集『寒竹』出版を記念し、寒竹会を箱根に開き、土屋文明らアララギ同人たちと仙石原の俵石閣に泊まる。翌日『赤彦全集』の相談会を開き、午後帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
4月20日 郷静子、横浜に生まれる。 『日本近代文学大事典』
4月29日 佐藤義亮(51)、新潮社旅行会で逗子、鎌倉に遊ぶ。 天野雅司編『佐藤義亮伝』
4月か 松本たかし(23)、鎌倉在住の俳人たちと「鎌倉句会」をおこす。 『現代俳句の世界』3年譜
4月 吉野秀雄(26)、鎌倉に転地する。 『吉野秀雄全集』年譜
5月9日 室生犀星(39)、川崎に行き、佐藤惣之助を七年ぶりに訪れる。「川崎料理」を食べ、「媚薬一包」をもらって帰る。 『室生犀星全集』日記
5月11日 河合栄治郎(38)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。田山花袋「蒲団」「時は過ぎゆく」を読む。13日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
5月30日 荻原井泉水(44)、修善寺から箱根に行き、小湧谷に一泊、翌日、小田原を経て帰京する。俳句「箱根まで」十二句。 『ひぐらし集』
5月 佐藤惣之助(38)、横浜郊外鳥山町の三会寺で、インド渡来の仏像五、六体を拝観する。横浜の綱島温泉琵琶圃で百雀会句会を催す。帰途、邦枝完二、室積徂春、林和などを本牧のキヨハウスに案内する。「晩春録」。 「晩春録」
初夏 尾山篤二郎(39)、鎌倉に遊び尾瀬敬止宅に泊まる。短歌「雨霧と蝉」。 「雨霧と蝉」
初夏 大熊長次郎(28)、秦野に友人と行き、亡友の墓に詣でる。短歌五首。
初夏 広野三郎(32)、横浜に行き、金沢文庫に遊ぶ。短歌「称名寺金沢文庫」三首。 「称名寺金沢文庫」
6月9日 石川武美(41)、箱根に子供らと行き、元箱根、芦ノ湖、大湧谷、強羅をめぐる。 『石川武美全集』年譜
6月16日 石川武美(41)、三浦半島に子供らと行き、三浦三崎、城ケ島、油壺を回る。 『石川武美全集』年譜
6月 鈴木大拙(58)、鎌倉で夫人と共に動物愛護慈悲園を開く。 『鈴木大拙全集』年譜
7月20日 津田梅子(64)、鎌倉の稲村ガ崎に近い音無川に沿う丘の中腹の別荘に移る。8月16日、脳出血のため死去する。 吉川利一『津田梅子伝』
7月31日 山口茂吉(27)、新婚の妻を連れて箱根に行き、強羅の斎藤茂吉別荘に一泊する。短歌「上強羅」二首。 加藤淑子『山口茂吉』
7月 荻原井泉水(45)、鎌倉の内で佐助ケ谷から泉ケ谷浄光明寺門前の家に移る。俳句「新居」。 「新居」
8月4日 妹尾義郎(39)、鎌倉に知人と行き、友人を訪ねて印刷所購入のことを相談する。6日に再訪、12日にも再再訪する。 『妹尾義郎日記』
8月4日 斎藤茂吉(47)、茅ケ崎に改造社の橘氏と行き、斎藤昌三を訪ね、古書や雑誌などを借覧する。 『斎藤茂吉全集』日記
8月20日 清沢洌(39)、横浜に行き、午前中に簡閲点呼をすませ、一旦東京に戻ったのち再び横浜に。横浜港から三島丸で、中央公論の特派員として欧米に向かう。嶋中雄作ら見送る。 「船中にて」
8月23日 志賀直哉(46)、奈良から子供たちを連れて箱根に行き、強羅の別荘に滞在する。長与善郎一家、有島生馬一家も合流する。31日ごろに下山する。 『志賀直哉全集』書簡
8月 中村武羅夫(42)、藤沢の辻堂に豪壮な新邸を営む。辻堂御殿といわれた。「身辺雑記」。 「身辺雑記」
8月 川端康成(30)、三宅やす子、宇野千代、矢内原忠雄、池谷信三郎、中河与一らと箱根に遊ぶ。 『川端康成全集』年譜
9月7日 矢内原忠雄(36)、鎌倉に行き、故西永孝の一周忌に列する。 『矢内原忠雄全集』日記
9月8日 石川武美(41)、大磯に子供連れで行き、二宮、秦野、海老名を回る。 『石川武美全集』年譜
9月10日 河合栄治郎(38)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。グリーンのカント論を読む。13日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
9月13日 吉屋信子(32)、一年間の欧米旅行を終え、日本郵船サイベリア丸で横浜港に帰港する。「モダン・アメリカを礼讃」と新聞の大見出しに報じられる。 吉武輝子『女人 吉屋信子』
9月15日 荻原井泉水(45)、横須賀に行き、衣笠公園に遊ぶ。 『ひぐらし集』年譜
9月18日 麻生久(38)、横浜に行き、羽衣町の弁天社内の幸友倶楽部で開かれた、日本大衆党主催の時局失業反対演説会で演説する。 『横浜近代史総合年表』
10月 荻原井泉水(45)、鎌倉の内で泉ケ谷から材木座光明寺の裏山の大聖閣に移る。俳句「又移りて」。 「又移りて」
岡麓(52)、箱根に遊ぶ。「箱根山大湧谷をのぼりきりくだりにつけば富士の山見ゆ」。短歌「箱根」十一首。 「箱根」、『岡麓全歌集』
林不忘(29)、鎌倉の内で、材木座から笹目に転居する。 『大衆文学大系』18年譜
11月3日 石川武美(42)、鎌倉に家族と行き、小坪から逗子に回る。 『石川武美全集』年譜
11月14日 内ケ崎作三郎(52)、横浜に行き、民政党支部で開かれた、島田三郎追悼会に出席する。 『横浜近代史総合年表』
11月17日 岡本一平(43)、箱根に行き、湯本花の茶屋で開かれた「一平先生渡欧送別会」に出席する。宮尾しげを、近藤日出造らが参会する。 『一平全集』月報
11月 久米正雄(38)、欧米漫遊から一年ぶりに帰国し、鎌倉の塔ノ辻に仮寓する。 「塔の辻放談」
11月 並木秋人(36)、相模湖歌会に出席する。 中畑信雄『歌人並木秋人』
11月 福士幸次郎(40)、江の島に遊ぶ。 『福士幸次郎著作集』年譜
12月20日 上山草人(45)、横浜港に行き、出航寸前の浅間丸甲板上で、ダグラス・フェアバンクス夫妻と劇的な会見をして見送る。 『横浜近代史総合年表』
12月21日 河合栄治郎(38)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。政治学研究会での報告「グリーンのカント道徳哲学批判」の準備をする。23日、帰京する。 『河合栄治郎全集』日記
12月22日 川端茅舎(32)、鎌倉に行き、岸田劉生の遺体を迎え、翌日出棺を見送る。 角川書店『現代俳句文学全集 川端茅舎集』年譜
12月 中村武羅夫(43)、加藤武雄(41)、直木三十五(38)らと、日本キネマ株式会社の設立を企画し、藤沢の辻堂雲雀ケ岡海岸にあるニホン・キネマ撮影所を継承すると発表する。 文芸時報
月日未詳 正岡容(25)、小田原の早川べりの大窪村で、大阪で知りあった女性との同棲生活をおくる。小田原で演芸会を主宰する。 『正岡容集覧』年譜
月日未詳 小山敬三(32)、茅ケ崎の南湖にアトリエを建てて移り住む。茅ケ崎には母の別荘があり、小さい時からしばしば避寒に訪れていた。 茅ヶ崎市『写真集茅ケ崎』
昭和05年(1930年)
1月14日 藤田嗣治(43)、横浜港から大津丸で出航、フランスに向かう。 『横浜近代史総合年表』
1月27日 横山大観(61)、横浜港から白山丸で出航、ローマで開催する日本美術展覧会のため、ヨーロッパに向かう。 『横浜近代史総合年表』
1月 豊島与志雄(39)、新関良三(40)、岸田国士(39)、吉田甲子太郎(35)、関口次郎(36)ら、湯河原に遊ぶ。 「文芸時報」
2月3日 岡本綺堂(57)、湯河原に行き、湯河原会館に滞在する。15日に帰京する。この年、4月29日~5月8日、8月8日~15日、9月8日~15日と四度にわたり湯河原に滞在する。 『岡本綺堂日記』続 
2月 並木秋人(36)、高座郡渋谷での歌会に出る。 中畑信雄『歌人並木秋人』
2月 宮原晃一郎(47)、鎌倉の扇ケ谷五五五に転居する。 「文芸時報」
3月16日 石川武美(42)、横浜の戸塚から東海道の旧道を鎌倉大船まで、家族と共に行く。 『石川武美全集』年譜
3月27日 与謝野晶子(51)、与謝野寛(57)、この月創刊された「冬柏」の同人たちと、鎌倉から葉山に吟行する。短歌「湘南両日」。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
3月27日 円地文子(24)、円地与四松と結婚して鎌倉材木座に住む。12月、東京に移る。 『円地文子全集』年譜
3月 桑木厳翼(55)、横浜港から出航、万国学士院会議に日本代表として出席のため、ブリュッセルに向かう。オックスフォード大学での万国哲学会にも出席し、9月末、シベリア経由で帰国する。 『近代文学研究叢書』59
3月 岡田三郎(40)、藤沢の辻堂雲雀ケ岡住宅地に転居する。 「文芸時報」
臼田亜浪(51)、横浜の金沢八景に行き、九覧台に上る。俳句一句。
生田蝶介(40)、鎌倉に遊び八幡宮の新殿を見る。短歌「鎌倉八幡宮」。 「鎌倉八幡宮」
4月1日 大野林火(26)、横浜の県立商工実習学校(現県立商工高校)に転職する。23年4月まで教職を務める。 「俳句」31巻12号年譜
4月5日 妹尾義郎(40)、平塚に行き、海軍火薬廠勤務の知人を訪ねる。 『妹尾義郎日記』
4月13日 松根東洋城(52)、川崎の柿生に「渋柿」同人たちと行き、多摩の丘陵地帯を吟行する。西生田、細山の香林寺、東京稲城の矢野口観音妙覚禅寺を経て八州公園に上る。帰途、矢野口で夕食をとる。「(三角点)相模とも武蔵とも鐘霞みけり」。俳句五十五句。 「俳諧野行」(同行諸氏)、「渋柿」
4月18日 与謝野晶子(51)、与謝野寛(57)、「冬柏」同人らと藤沢の鵠沼に吟行する。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
4月29日 藤井武(42)、横浜に行き、神奈川会館で開かれた内村鑑三追悼記念講演会で講演する。畔上賢造らも講演する。 『横浜近代史総合年表』
4月29日 山室軍平(57)、横浜港からサイベリア丸で出航、救世軍開戦五十年記念大会に出席のため、アメリカに向かう。 『横浜近代史総合年表』
4月 鈴木貫介(12)、藤沢の藤嶺学園藤沢中学校に入学する。10年3月卒業し、小田原での家業の柑橘類栽培に従う。 『鈴木貫介全歌集』年譜
4月 田中英光(17)、藤沢の湘南中学校を卒業したのち、早稲田第二高等学院に進む。7年、大学政経学部に進み、10年卒業する。 『田中英光全集』年譜
5月3日 広野三郎(33)、箱根に遊ぶ。短歌「箱根」二首。 「箱根」
5月4日 斎藤茂吉(47)、岡麓、大坪草二郎と大磯に行き、安田靫彦を訪ね、夜帰る。 『斎藤茂吉全集』日記
5月4日 五百木飄亭(59)、平塚に行き、小川射山の花水庵を訪ねる。 『飄亭句日記』
5月5日 佐藤惣之助(39)、川崎市の委嘱で「川崎小歌」「川崎音頭」を作詞する。 藤田三郎『佐藤惣之助』年譜
5月10日 下村観山(57)、横浜の本牧和田山の自宅で死去する。 「大観と観山」展図録年譜
5月 松根東洋城(52)、横須賀に行き、走水から灯台道を経て観音崎灯台に、さらに鴨居から浦賀に吟行する。俳句十四句。 「観音崎灯台を中心に」(青舟記)、「渋柿」
5月 嘉村礒多(32)、逗子に妹夫婦を訪ねる。 「滑川畔にて」
5月 菅忠雄(31)、逗子の久木白山に転居する。 「文芸時報」
初夏 高村豊周(39)、箱根に友人たちと遊ぶ。短歌「箱根遊草」十首。 「箱根遊草」
初夏 橋本徳寿(35)、鎌倉に行き、鎌倉山で亡き甥を荼毘に付す。短歌「鎌倉山」八首。 「鎌倉山」
初夏 岡麓(53)、藤沢の片瀬に子供と遊び、松露とりに興じる。「江の島へけふは行かずに帰りきてかごとをいはず松露を土産に」。短歌「片瀬」十首。 「片瀬」、『岡麓全歌集』
6月1日 荻原井泉水(45)、箱根に妻と行き、湯本福住楼に泊まる。翌日、仙石原俵石閣に移り滞在する。俳句「山の青葉」。 「山の青葉」
6月11日 鶯亭金升(62)、箱根に杵屋巳之吉と行き、強羅温泉に泊まる。新曲の長唄「箱根草」(杵屋巳之吉作曲)は17日に完成する。 『鶯亭金升日記』
6月13日 矢内原忠雄(37)、横浜に行き、関東学院で「経済思想とキリスト教」を講演する。 『矢内原忠雄全集』年譜
6月 今井邦子(40)、逗子に尾崎行雄(咢堂)を訪ねて対談する。短歌八首。 『今井邦子短歌全集』年譜
7月13日 石川武美(42)、湘南に家族と遊ぶ。 『石川武美全集』年譜
7月27日 青野季吉(40)、細田民樹(38)、金子洋文(36)、小牧近江(36)、ら「文芸戦線」の面々が、鎌倉の稲村ガ崎に集まり、細田民樹の『真理の春』、前田河広一郎の『支那』出版の記念会かたがた大懇親会を開く。山川均、吉江喬松らも応援に来る。 「文芸時報」
7月 西田幾多郎(60)、鎌倉に行き、8月にかけて円覚寺山内の如意楽々庵および黄梅院で静養する。9月、京都に帰る。 『西田幾多郎全集』書簡
8月2日 与謝野晶子(51)、与謝野寛(57)、平野万里、吉田精一、「冬柏」同人ら大勢で横浜港から日本郵船の加賀丸で出航し八丈島に行く。4日に横浜港に帰る。 杉本邦子・大塚豊子『与謝野晶子未発表書簡』年譜
8月3日 松根東洋城(52)、横須賀の浦賀に行き、東京、横浜、湘南の各「渋柿」支会の連合会を海上会として、発動汽船渋柿丸に乗りこむ。浦賀水道、久里浜をまわって浦賀に帰着し、ドック会社表倶楽部で作句整理と有志晩餐会を開く。俳句十七句。 「渋柿海上会」(同行諸氏)、「渋柿」
8月4日 志賀直哉(47)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在する。下旬には奈良に帰る。 『志賀直哉全集』書簡
8月24日 与謝野晶子(51)、与謝野寛(57)、横浜の金沢文庫に遊び、井上宅での短歌会に出る。平野万里らも会同する。短歌「金沢風景」六十六首。「武蔵金沢の一日」。 「武蔵金沢の一日」
8月 並木秋人(37)、寒川に行き、広田邸の新築祝いに列する。 中畑信雄『歌人並木秋人』
8月 武者小路実篤(45)、鎌倉に行き、海岸通りの魚才方に滞在する。園池公致も同宿する。9月10日頃帰京する。 『武者小路実篤全集』書簡
8月 金子洋文(36)、鎌倉に行き、稲村ガ崎の近江方に滞在する。 「文芸時報」
8月 金子薫園(53)、鎌倉に行き、家族と共に別荘に滞在する。 「文芸時報」
8月 甲賀三郎(36)、逗子に行き、川門四四〇の田中方に滞在する。 「文芸時報」
吉井勇(43)、高座郡大和村南林間都市(現南林間)の親戚の別荘で暮らしはじめる。 『吉井勇全集』年譜
寺田寅彦(51)、逗子に子供を連れて行く。 『寺田寅彦全集』日記
中村汀女(30)、横浜税関へ夫が転勤したので、横浜中区西戸部町の税関官舎に移り住む。10年6月、東京に転居する。 『私の履歴書』
依田秋圃(44)、葉山に一家をあげて行き、一カ月ほど滞在する。短歌「鴎・千鳥」六首。「海」五首。翌年夏も滞在する。 「鴎・千鳥」、「海」、『依田秋圃全歌集』年譜
岡麓(53)、横浜に行き山下公園に遊ぶ。短歌「山下町公園」二首。 「山下町公園」、『岡麓全歌集』
9月7日 寺田寅彦(51)、南秦野山中に、関東大震災によって出来た小湖(震生湖)を見に行く。12日にも行く。 『寺田寅彦全集』書簡
9月初旬 山口茂吉(28)、逗子に斎藤茂吉夫妻と海水浴に行く。短歌「夏逝く」。 「夏逝く」
9月14日 石川武美(42)、藤沢に行き、帰途、玉川学園に小原国芳を訪ねる。 「主婦之友」編輯日記
9月24日 赤塚行雄、横浜に生まれる。 『日本近代文学大事典』
10月3日 高浜虚子(56)、藤沢の江の島に行き、家庭俳句会を催す。「さぬきやと岩に書かれぬ島の秋」。俳句三句。 『句日記』
10月10日 野坂昭如、鎌倉に生まれる。 『日本近代文学大事典』
10月初旬 与謝野晶子(51)、与謝野寛(57)、横浜に行き、本牧三渓園内待春軒での横浜短歌会に出席する。 晶子書簡
10月11日 河合栄治郎(39)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。河上肇のマルクス主義の哲学などを読む。13日、帰京する 『河合栄治郎全集』日記
10月26日 矢内原忠雄(37)、横浜に行き、基督教青年会館で「現代の不安と宗教改革」を講演する。 『矢内原忠雄全集』年譜
10月 小島政二郎(36)、鎌倉塔ノ辻一五六に転居する。8年7月東京に移転。 『円朝』所収山田幸伯編年譜
太田青丘(21)、茅ケ崎の戸田鬼仏邸に静養する。短歌「雲を遊ばす」。 『太田青丘全歌集』年譜
佐藤佐太郎(21)、山口茂吉に誘われて箱根に行き、旧道から十国峠を越える。短歌「箱根旧道」八首。 『佐藤佐太郎全歌集』
太田鴻村(27)、句会出席のため出京、横浜の大野林火宅を訪れ、市内や横浜金沢の海岸を案内され、一泊する。 「石楠時代の林火」
11月5日 秋田雨雀(47)、箱根に娘たちと自動車旅行をする。芦ノ湖―底倉―強羅などを回って帰る。車はエセックスである。 『秋田雨雀日記』
11月7日 沢木四方吉(43)、鎌倉の扇ケ谷の自宅で死去する。8日、荼毘に付され、11日、告別式が行われる。横浜鶴見の総持寺に葬られる。 「三田文学」
11月29日 太宰治(21)、鎌倉の腰越海岸(「江の島袖ケ浦」と伝えられた)に女給の淳子と投身自殺を図り、太宰治のみ助けられ鎌倉恵風園に入院する。 『太宰治全集』年譜
11月 山本周五郎(27)、結婚して、鎌倉の南腰越に新居を営む。翌年1月、東京に移る。 『山本周五郎全集』年譜
大橋松平(37)、多摩川に遊ぶ。短歌四首。
12月6日 川上貞奴(59)、横浜に行き、開港記念会館で、川上楽劇団の公演をする。 『神奈川県史』年表
12月19日 高浜虚子(56)、横浜の鶴見に行き、松林閣で家庭俳句会を催す。俳句三句。 『句日記』
12月19日 宮本百合子(31)、湯浅芳子と藤沢の鵠沼に行き、東屋に泊まる。23日、東屋滞在中、二人で茅ケ崎の病院に行く。29日、鵠沼の「まんじゅう屋の借家」に移る。「八、六、四半、四半、水道つきのさつぱりした家だ」。越年する。 『宮本百合子全集』日記
12月31日 中河与一(33)、横浜港から筑後丸で出航、南洋方面に向かう。翌年1月21日に帰国する。 『天の夕顔前後』年譜
12月 岩波茂雄(49)、湯河原に小泉丹、兼常清佐と行き、天野屋に一泊して、平福百穂帰朝歓迎会を催す。 「平福百穂画伯を憶ふ」
12月 久米正雄(39)、鎌倉の内で二階堂に転居する。 「土用波」
月日未詳 田中純(40)、鎌倉の大町塔ノ辻に移り住む。「久米正雄くんの家を譲り受けたかと云つて居られたが、鎌倉の中ほどにあつて樹木の多い仲々ハイカラな家だつた」。 『妻』所収年譜、鹿島三也「鎌倉の頃の思い出」
昭和06年(1931年)
1月11日 荻原井泉水(46)、江の島金亀楼で句会を開く。俳句「嶋」。 「嶋」
1月18日 荻原井泉水(46)、横浜に行き、丹波恒男を訪ねて錦絵鑑賞に半日をすごす。 『ゆけむり集』年譜
1月18日 磯田光一、横浜の中区伊勢町三丁目一三三番地に生まれる。14年9月に東京に一家転住する。 『思想としての東京』作家案内
1月30日 宮本百合子(31)、藤沢の鵠沼に行く。「暖かくていい心持、上衣をすつかりぬぎ、裸体になつて日光浴をした」。 『宮本百合子全集』日記
1月 山口茂吉(28)、鎌倉から藤沢の片瀬、江の島に遊ぶ。 加藤淑子『山口茂吉』
1月 松根東洋城(52)、湯河原に遊ぶ。俳句「湯河原の一日」十二句。「冬川や橋を重ねて温泉の町」。 「湯河原の一日」、「渋柿」
2月2日 桜井忠温(51)、横浜に行き、開港記念会館で開かれた、市主催の桜井肉弾少将講演会で講演する。 『横浜近代史総合年表』
2月13日 宮本百合子(32)、藤沢の鵠沼に湯浅芳子と行き、一泊する。翌日、湯河原に行き天野屋新館に泊まる。16日、湯浅芳子は帰京する。「湯河原町の名物、椿油、きび餅、わさびづけ、みかん。狭い町を鳴動させて往復する自動車。町の中、ゆつくり歩くことは迚も出来ず」。「楽やき、面白い。ただ、やすくないな」。 『宮本百合子全集』日記
2月14日 安部磯雄(66)、横浜に行き、YMCAで開かれた、社民婦人同盟横浜支部主催の産児制限講演会で講演する。 『横浜近代史総合年表』
3月1日 土屋文明(40)、逗子小坪の浜に遊ぶ。短歌四首。
3月10日 岡麓(54)、大磯に行き、西小磯の小山に遊ぶ。短歌「大磯」六首。 「大磯」、『岡麓全歌集』
3月12日 高浜虚子(57)、葉山に行き、赤星水竹居別邸で七宝会を催す。俳句五句。 『句日記』
3月22日 中勘助(45)、平塚の自宅から小田原に行く。 『しづかな流』
3月 松根東洋城(53)、鎌倉に行き、杉本寺で催された「湘南横浜連合三月例会(俳運祈念、故同人追福)」に出席する。俳句四句。 「渋柿」
3月 岡本綺堂(58)、湯河原に滞在する。この年6月および9月にも湯河原に滞在する。 『岡本綺堂日記』年譜
四賀光子(45)、微熱がつづき、茅ケ崎に転地する。 『四賀光子全歌集』年譜
尾上柴舟(54)、箱根に遊ぶ。短歌「箱根行」八首。 「箱根行」
4月4日 近衛秀麿(32)、横浜に行き、開港記念会館で開かれた、近衛秀麿帰朝歓迎新交響楽団大演奏会に出演する。 『横浜近代史総合年表』
4月6日 荻原井泉水(46)、横浜に行き、保土ケ谷自治会で「日々の生活と芸術」を講演する。 『ゆけむり集』年譜
4月12日 与謝野晶子(52)、与謝野寛(58)、「冬柏」の同人らと箱根仙石原に遊び、俵石閣に一泊する。短歌「雨の箱根」(与謝野晶子)、五十九首。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
4月12日 荻原井泉水(46)、川崎の登戸に、層雲社同人と吟行する。俳句「桜桃吟行」十二句。 『ゆけむり集』年譜
4月20日 前田愛、藤沢の字東横須賀五三二番地に生まれる。祖父が同地で内科医院を営み、父も医師である。 『前田愛著作集』年譜
4月24日 与謝野晶子(52)、与謝野寛(58)、鎌倉に行き、有島生馬の別荘松の屋敷に31日まで滞在する。短歌「鎌倉詠草」(与謝野晶子)、百十九首。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
4月26日 五百木飄亭(60)、鎌倉に行き、山ノ内長寿寺跡の中嶋真雄の香徳堂を訪ね、「鮮支関係有志之霊」の入仏式に参列する。「尊氏の墓さゝやかに茂りけり」。 『飄亭句日記』
4月 並木秋人(37)、津久井の串川で「串川音頭」を披露する。青根村で講演し、馬で上野原に向かう。 中畑信雄『歌人並木秋人』
4月 吉野秀雄(28)、鎌倉に転地する。6月に妻子を伴い小町三七〇番地に移り住む。 『吉野秀雄全集』年譜
4月 宮崎信義(19)、横浜専門学校高等商業科(現横浜市立大学商学部)に入学する。9年3月に卒業する。 村田治男『宮崎信義 人と作品』
5月6日 中勘助(45)、平塚の自宅から藤沢の鵠沼に知人を訪ね、ブラジル土産のステッキを貰って帰る。 『しづかな流』
5月7日 竹久夢二(46)、横浜港から秩父丸で出航、翁久允とアメリカに向かう。ヨーロッパも回って8年9月18日に帰国する。 国崎まこと『竹久夢二正伝』
5月14日 高浜虚子(57)、横須賀に行き、秋谷の畠山別荘で七宝会を催す。俳句三句。 『句日記』
6月 川合仁(30)、逗子に滞在中の尾崎咢堂を、新聞連合社に新設された特信部の記者として、取材する。咢堂の「戦争をしなければならなぬ、という理由はない。戦争をしてはいけない」という言葉が強く印象に残った。「尾崎行雄のえらさ」。 「尾崎行雄のえらさ」
7月5日 与謝野晶子(52)、逗子に行き、尾崎行雄(咢堂)の別荘風雲閣での短歌会に出席する。短歌「夏日雑詠」四十九首。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
7月10日 賀川豊彦(43)、横浜港から平安丸で出航、YMCA大会に招かれ、日本代表としてカナダのトロントに向かう。11月12日、横浜に帰着する。 『人物書誌大系』25年譜
7月25日 土屋文明(40)、横浜安楽軒での「アララギ」発行所校正慰安会に出席する。 『論考』年譜
7月28日 荻原井泉水(47)、鎌倉で月刊誌「鳩」を創刊する。翌年7月、十二号で休刊する。 『ゆけむり集』年譜
7月30日 西田幾多郎(61)、鎌倉に行き、円覚寺内黄梅院に避暑する。9月、京都に帰る。 『西田幾多郎全集』日記、書簡
7月 染谷進(28)、茅ケ崎に遊ぶ。 『染谷進歌集』年譜
8月3日 秋田雨雀(48)、横浜に行き、神奈川会館での反宗教闘争講演会に出席、「ソヴェート同盟における道徳的達成」を講演する。 『秋田雨雀日記』
8月8日 高浜虚子(57)、藤沢の江の島に行き、金亀楼で家族俳句会を催す。「島涼し少しの平地あれば家」。俳句二句。 『句日記』
8月13日 尾崎行雄(咢堂、72)、横浜港から出航し米英に赴く。カーネギー財団の招きによる。8年2月下旬、横浜港に帰着する。不在中に総選挙があり当選する。 『咢堂自伝』
8月15日 斎藤茂吉(49)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在する。子供たちと妻が逐次来る。24日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
8月末 嘉村礒多(33)、妻と鎌倉、藤沢の江の島に遊ぶ。「滑川畔にて」。 「滑川畔にて」
8月 室伏高信(39)、「人煙稀れな山奥に住んでみたいと思つて」山梨県の道志村から、県境を越えて津久井郡青根村に行き、若松屋に一泊する。 『三沢村日記』
8月 徳永直(32)、川崎から横浜鶴見の大工場地帯を三日がかりで探訪する。「大工場地帯を行く 川崎鶴見探訪記」。 「大工場地帯を行く 川崎鶴見探訪記」
8月 遅塚麗水(64)、鎌倉の腰越に住み、「摩尼荘雑記」を「都新聞」に寄稿する。 『文芸年鑑』、『明治文学全集』26年譜
中河与一(34)、逗子に避暑する。「空・陸・海」。 「空・陸・海」
広野三郎(34)、大磯に遊ぶ。短歌「大磯にて」三首。 「大磯にて」
生方たつゑ(26)、平塚の海岸に子を連れて行き遊ぶ。短歌「平塚海岸」三首。 「平塚海岸」
9月5日 北原白秋(46)、横須賀に妻子と共に行き、戦艦日向に同乗して横浜まで戻る。 『白秋全集』年譜
9月11日 宮本百合子(32)、国府津の別荘に父と同道で行く。二泊して帰京する。 『宮本百合子全集』日記
10月4日 佐藤惣之助(40)、「横浜貿易新報」に、「処女線を截る」を連載しはじめる。 藤田三郎『佐藤惣之助』年譜
10月17日 土屋文明(41)、川崎柿生村の吟行会に参加する。山口茂吉らも同行する。 『論考』年譜
10月23日 高浜虚子(57)、藤沢の江の島に行き、金亀楼で鎌倉俳句会を催す。「江の島や秋の蝶飛ぶ波の上」。俳句五句。 『句日記』
10月24日 中勘助(46)、平塚の自宅から藤沢の鵠沼の安倍能成宅を訪ねる。21日に留守だったので再訪である。安倍能成の長男亮を連れて鎌倉に行く。安倍能成の妻恭子も鎌倉で一緒になる。国宝館を見る。 『しづかな流』
10月30日 高浜虚子(57)、川崎の柿生に行き、家庭俳句会を催す。俳句二句。 『句日記』
10月 室伏高信(39)、大和の南林間都市に住んでみようかと思って下見に行き、ついでにその地に住む吉井勇を訪ねる。帰途、鎌倉に行き田中純を訪ねる。 『三沢村日記』
尾崎士郎(33)、妻と今井達夫と三人で、藤沢の遊行寺の末寺、通称赤門の吉川和尚を訪ね一泊する。翌日鎌倉の今泉の吉川夫人の実家の寺に行き一泊する。 今井達夫「安産祈願」
11月4日 山口茂吉(29)、箱根の仙石原に長尾峠越えで行き、俵石閣に一泊する。短歌「仙石原」十一首。 加藤淑子『山口茂吉』
11月6日 新井徹(32)、横浜に行き、医療同盟主催の「無産者病院の夕」に出席し、プロレタリア詩人会の一員として自作の詩を朗読する。 『新井徹の全仕事』年譜
11ごろ 小林秀雄(29)、鎌倉の佐助通り二〇八番地に住む。ついで雪ノ下四一三番地に移る。 『現代日本文学大系』60年譜
11月 高田半峰(71)、国府津前川の別荘香実荘に引退し、自適の生活に入る。 京口元吉『高田早苗伝』
萩原蘿月(47)、二宮に行き知人の別荘に泊まる。俳句「相州二ノ宮町梅田氏別邸にて」一句。 「相州二ノ宮町梅田氏別邸にて」
林原耕三(44)、湯河原に遊ぶ。俳句「湯河原」四句。 「湯河原」
佐藤佐太郎(22)、結城哀草果、山口茂吉と三人で鎌倉に遊ぶ。短歌「鎌倉」六首。 『佐藤佐太郎全歌集』
12月8日 西田幾多郎(61)、鎌倉に行き、円覚寺内正伝庵に泊まり、湘南サナトリウム入院中の六女梅子の退院を14日に見届けて、16日に京都に帰る。 『西田幾多郎全集』日記、書簡
12月 水原秋桜子(39)、三浦三崎、城ケ島に遊び越年する。「三崎港新春」五句、「鮑とる舟」五句。 「三崎港新春」、「鮑とる舟」、『水原秋桜子全集』年譜
月日未詳 大佛次郎(33)、横浜のホテル・ニューグランドに仕事部屋をおく。約十年間をすごす。 『大佛次郎全集』年譜
昭和07年(1932年)
1月2日 与謝野晶子(53)、与謝野寛(58)、平野万里、「冬柏」の同人らと真鶴に行き、三宅克己邸での短歌会に出席する。吉浜の有賀精の真珠庵に泊まる。翌日、湯河原温泉に泊まる。「真鶴、吉浜、湯河原」。 「真鶴、吉浜、湯河原」
1月14日 荻原井泉水(47)、大磯に行き、左義長祭を見る。紀行「鴫立庵、左義長祭」。 「鴫立庵、左義長祭」
1月22日 田島淳(34)、横浜に行き、横浜貿易新報社で開かれた、通俗文芸講演会で講演する。 『横浜近代史総合年表』
1月末 長与善郎(43)、鎌倉に友人を訪ね、藤沢の鵠沼の別の友人の家にまわる。「七里ケ浜を通つて」。 「七里ケ浜を通つて」
2月3日 荻原井泉水(47)、江の島に、谷津会例会を汐干狩として行き、恵比寿屋で句会を開く。「蛸を突き海胆を漁りて一日を興ず」。俳句「島にも桜」十三句。 『あをうみ集』年譜
2月 五味保義(30)、大磯に遊ぶ。短歌「大磯」四首。春、真鶴に遊ぶ。短歌「真鶴岬」三首。 『五味保義全歌集』
3月5日 土屋文明(41)、柴生田稔、五味保義と湯河原に行く。 『論考』年譜
3月6日 小林多喜二(28)、横浜に行き、神奈川会館で開かれた、文学講演会で講演する。 『横浜近代史総合年表』
3月10ごろ 岡本かの子(43)、二年四カ月に及ぶ外遊から、TATSUTA丸で横浜港に帰着する。 『岡本かの子全集』年譜
3月12日 土屋文明(41)、横浜の神奈川区楠町六四番地宮脇武夫宅で開かれた横浜アララギ歌会に出席する。短歌一首。 「アララギ」
3月14日 西条八十(40)、湯河原に妻と行き、中西屋に滞在する。18日に帰京する。「湯河原日記」。 「湯河原日記」
3月16日 大山郁夫(51)、横浜に行き、山元町の糸川宅で開かれた、亡命送別会に出席する。翌日、横浜港から出航、アメリカに向かう。 『横浜近代史総合年表』
3月中旬 大橋松平(37)、箱根に遊ぶ。短歌七首。
3月20日 五百木飄亭(61)、鎌倉に行き、山ノ内の中嶋真雄の香徳堂で催された「支那関係有志」の法要に参列する。11月13日にも追弔法要に列する。 『飄亭句日記』
3月下旬 島崎藤村(60)、湯河原に行き、伊藤屋旅館に泊まる。 『島崎藤村全集』書簡
3月か 堀口大學(40)、湯河原に行き、広河原に遊ぶ。 「早春小旅」
4月4日 寺田寅彦(53)、田中館愛橘、喜字祝遠足会で、塔之沢、長尾峠、宮ノ下と自動車で回る。 『寺田寅彦全集』日記
4月5日 宮本百合子(33)、国府津に2月に結婚したばかりの宮本顕治と行き、父の別荘に滞在する。7日、帰京の途宮本顕治と別れ、一人帰宅すると、特高により検挙され、駒込署に留置される。 『宮本百合子全集』年譜
4月13日 荻原井泉水(47)、茅ケ崎の在柳島に行きスケッチをする。 『あをうみ集』年譜
4月14日 新渡戸稲造(69)、横浜港から出航、アメリカに向かう。カリフォルニア大学名誉博士号をうけて、翌年3月24日に帰国する。 東京女子大学新渡戸稲造研究会『新渡戸稲造』年譜
4月16日 西田幾多郎(61)、鎌倉に行き、「扇ケ谷要山四三五番地香風園ノ上」に滞在する。 『西田幾多郎全集』日記、書簡
4月27日 田中貢太郎(52)、三浦半島に遊び、油壺、三浦三崎、城ケ島、久里浜のペルリ記念碑などをめぐる。俳句六句。 「桃葉書楼句集」
4月27日 高浜虚子(58)、横浜に行き、綱島温泉で家庭俳句会を催す。俳句三句。 『句日記』
4月 菱山修三(22)、横浜税関に勤務する。フランス映画検閲などの職務に従う。まもなく辞めて文筆生活に入る。 『菱山修三全歌集』年譜
4月 和田伝(32)、厚木の生家に戻り、文学に専念する。 『和田伝全集』年譜
4月 北原武夫(25)、都新聞社の横浜支局詰めとなり、大谷美保子と横浜本牧に住む。翌年春、山下町の同潤会アパートに移り、9年4月本社に転じる。 『北原武夫文学全集』年譜
5月9日 高浜虚子(58)、藤沢の片瀬に行き、西浜の保岡別邸で笹鳴会を催す。俳句十句。 『句日記』
5月27日 高浜虚子(58)、藤沢に行き、白幡横丁の鴻乙居で鎌倉俳句会を催す。俳句二句。 『句日記』
5月 松根東洋城(54)、横浜の金沢に行き、十三峠を越える。俳句二十七句。 「湘南俳諧野行」(同行諸氏)、「渋柿」
初夏 田中冬二(37)、湯河原に遊ぶ。詩「湯河原初夏」。 「湯河原初夏」
6月26日 三木清(35)、鎌倉の扇ケ谷の西田幾多郎邸に行き、「哲学と宗教と文化の結び付に付て」の座談会に出席する。「『ことば』について」。 『三木清全集』年譜
7月22日 生田蝶介(43)、大磯に行く。短歌「大磯の夏」。 「大磯の夏」
7月25日 吉田絃二郎(45)、横浜に行き、尾上町の指路教会で開かれた、早稲田大学横浜会主催の夏期大学講座の講師となる。帆足理一郎、下村海南も講師となる。 『横浜近代史総合年表』
8月1日 小牧暮潮(49)、鎌倉の稲村ガ崎に行き、荻原井泉水らと会合をもつ。 荻原井泉水『あをうみ集』年譜
8月5日 宮原昭夫、横浜に生まれる。のち県立横浜第二中学校に進む。 『日本近代文学大事典』
8月 堀口大學(40)、鎌倉の長谷に避暑する。 「旅十年分」
8月 大岡昇平(23)、鎌倉に行き、稲村ガ崎の友人の避暑先を訪れ、遊ぶ。 『大岡昇平全集』年譜
8月 西条八十(40)、箱根に行き、強羅でリューマチのため静養中の妻晴子を見舞う。 『西条八十著作目録・年譜』
9月初旬 深田久弥(29)、鎌倉の大塔宮前に家を借りて妻の保養をかねて移り住む。 「鎌倉仲間」
9月14日 高浜虚子(58)、葉山に行き、平の畠山別邸で家庭俳句会を催す。俳句一句。 『句日記』
9月20日 前田夕暮(49)、長女妙子が7月18日に茅ケ崎南湖院に入院しており、それを見舞う。以後しばしば見舞う。 前田透『評伝前田夕暮』年譜
10月30日 坪内逍遙(73)、自動車で、熱海の住居から十国峠を経て箱根廻りのドライブを楽しむ。 『坪内逍遙事典』年譜
10月 日夏耿之介(42)、藤沢の鵠沼に行き、下岡円城の別荘で療養生活に入る。8年12月31日、東京に移る。「鵠沼之記」。 「鵠沼之記」
半田良平(44)、箱根に遊ぶ。短歌「箱根」十首。 「箱根」
林房雄(29)、鎌倉の名越谷の奧の上森子鉄(健一郎)の家に転居し、まもなく新築の隣の家に移る。 「名越の谷から」、「鎌倉文士」
11月2日 川端康成(33)、鎌倉の由比ガ浜の海浜ホテルに数日間滞在する。「『秋風の女房』(8年10月発表)の一部分は海浜ホテルの写生」である。 『川端康成全集』書簡
11月5日 与謝野晶子(53)、吉田精一、「冬柏」の同人らと鎌倉に行き、近江家に泊まる。7日まで滞在し、三浦半島に遊ぶ。短歌「半島の雨」二十九首。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
12月18日 室伏高信(40)、東京の大森の家を引き払って、津久井郡三沢村に移り住む。六畳二間、二畳の玄関、四畳の居間で、奧の六畳を書斎とする。相川荘と名づける。 『三沢村日記』
12月末 折口信夫(45)、箱根に行き、仙石原俵石閣で越年し、翌年1月10日に信州に発つ。 『折口信夫全集』年譜
月日未詳 中里恒子(23)、軽い結核に罹り、逗子の桜山の農家の離れに転地療養する。逗子は幼い頃に祖父母の隠居所があり、よく避寒避暑に行った。 『中里恒子全集』年譜
昭和08年(1933年)
1月1日 宮柊二(20)、横浜の鶴見に行き、叔父に年始の挨拶をする。翌日、実弟(叔父の養子)と東京に向かう。 宮英子編『宮柊二青春日記』
1月10日 坪内逍遙(73)、妻と箱根、小田原に遊ぶ。 『坪内逍遙事典』年譜
1月22日 志賀直哉(49)、奈良から鎌倉に行き、叔父直方を訪ね、直三の件で相談する。 『志賀直哉全集』年譜、日記
1月31日 暁烏敏(55)、横浜港から出航、大洋丸でハワイに向かう。4月27日、浅間丸で横浜港に帰着する。 「ハワイ紀行」
1月か 吉野秀雄(30)、横浜の杉田梅林に遊ぶ。短歌「武州杉田梅林」三首。 「武州杉田梅林」
早春 森田草平(51)、土屋文明(42)、鎌倉に行き、扇ケ谷の冬柏山房に内山英保を訪ね、法政大学予科教授団を代表して、大学の財政上の危機打開についての意見を聞く。 森田草平書簡、内山英保「山房消息」
2月初旬 西田幾多郎(62)、鎌倉に行き滞在、3月26日に京都に帰る。 『西田幾多郎全集』書簡
3月1日 与謝野晶子(54)、与謝野寛(60)、熱海に行き、箱根に移り3日まで遊ぶ。短歌「春遊両日」。与謝野晶子、六十九首。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
3月3日 高浜虚子(59)、横浜の本牧に行き、三渓園で家庭俳句会を催す。俳句五句。 『句日記』
3月5日 高浜虚子(59)、川崎に武蔵野探勝会で行き、安田運動場などをめぐる。俳句六句。 『句日記』
3月5日 吉野作造(55)、逗子小坪の湘南サナトリウムに、東京賛育会病院から転院する。その夜すぐ近くから出火し、身をもって逃れる。 赤松明子「亡き父を語る」
3月16日 西田幾多郎(62)、鎌倉の稲村ガ崎の音無橋上津田別荘に行く。18日、岩波茂雄、木村道子が来訪し、三人で江の島に遊ぶ。19日、三木清が来訪する。22日、三木清と谷川徹三が来訪する。26日に京都に帰る。 『西田幾多郎全集』日記
3月18日 宮武外骨(66)、逗子小坪の湘南サナトリウムに入院中の吉野作造が危篤との報に見舞いにかけつける。尾佐竹猛も訪れる。午後七時に二人は帰る。 木本至『評伝宮武外骨』
3月18日 吉野作造(55)、逗子小坪の湘南サナトリウムで、午後九時半に死去する。 吉野文子「亡き父の想ひ出」
3月20日 室伏高信(40)、津久井郡三沢村の家から上京の途次、横浜の中山の加藤一夫を訪ねる。建物はまだ新しく、白壁が林間に抜きでていた。しばらく話した後、共に出て、東神奈川まで同行、そこから横浜に行き、横浜刑務所に収監されていた妹婿を慰め、ついで横浜税関に立ち寄り、東京に向かう。 『三沢村日記』
3月23日 大手拓次(45)、茅ケ崎の南湖院に入院する。 『大手拓次全集』年譜
3月25日 高浜虚子(59)、横浜の金沢に行き、金沢園で鎌倉俳句会を催す。俳句二句。 『句日記』
3月 水原秋桜子(40)、箱根に行き、箱根路を旧道から早雲山、大湧谷、姥子と歩く。「箱根路」十句。 「箱根路」
広野三郎(36)、三浦三崎に行き、油壺に臨海実験所を訪ねる。短歌「油壺臨海実験所」五首。 「油壺臨海実験所」
臼田亜浪(54)、横浜に行き、三渓園に遊ぶ。俳句一句。
中村光夫(22)、東京帝国大学仏文科在学中、友人と鎌倉で自炊生活を始め、以後、おもに鎌倉、葉山などで暮らす。 『日本現代文学全集』92年譜
4月1日 安藤更生(32)、津久井郡三沢村に住む室伏高信を友人と共に訪ね二泊する。3日、中野町の川和に三人で行く。 室伏高信『三沢村日記』
4月9日 加藤一夫(46)、津久井郡三沢村に住む室伏高信を訪ね、一日中話しこむ。「土田杏村のこと、賀川豊彦のこと、杉森孝次郎のこと、大杉栄のこと、武者小路実篤のこと、加藤武雄のこと」など話はつきなかった。室伏高信はその日の日記に「加藤は再び昔のトルストイヤンにと帰つて来たやうである」と記す。 室伏高信『三沢村日記』
4月16日 矢内原忠雄(40)、鎌倉聖書講演会で講演をする。4月30日、5月21日にも講演をする。 『矢内原忠雄全集』年譜
4月19日 高浜虚子(59)、大磯に行き、一本松の秀山荘を訪れる。「春雨にぬれて迎ヘぬ吉右衛門」。俳句二句。 『句日記』
4月23日 五百木飄亭(62)、鎌倉に行き、山ノ内の中嶋真雄の香徳堂で催された「東方問題関係先亡諸霊」の第四回春季供養会に参列する。 『飄亭句日記』
4月28日 吉野壮児、鎌倉に生まれる。父は歌人吉野秀雄である。のち、湘南中学校に学ぶ。 『日本近代文学大事典』
4月30日 室伏高信(40)、横浜の中山に住む加藤一夫を訪ねる。「彼はいつになく元気である。私たちの間には聊かの遠慮も飾りもない。私たちは世界には私たちよりほかには何ものもないやうな気持ちで話した」。土産にひとつがいの鳩をもらい、津久井郡三沢村の家に帰る。 『三沢村日記』
4月 久保田万太郎(43)、鎌倉の由比ガ浜の海浜ホテルの浜辺での野外劇場、額田六福作「出陣」の演出のため出張する。久米正雄、今日出海も来る。NHKで中継放送される。 句詞書き
4月 中島敦(23)、東京帝国大学国文科を卒業し、父の縁故で横浜高等女学校(現横浜学園高校)の教師となり、中区長者町モンアパートに住む。すぐに山下町一六八番地同潤会アパートに移る。 『中島敦全集』年譜
4月 飛鳥田孋無公(れいむこう)(36)、横浜の十全病院(現横浜市大病院)に入院し、胃癌の手術をうける。 『増補現代俳句大系』1解説
5月2日 堺利彦(61)、1月23日に死去し、この日横浜鶴見の総持寺に埋葬される。 『堺利彦全集』年譜
5月2日 葉山嘉樹(39)、横浜鶴見の総持寺に行き、故堺利彦の埋骨、石碑開きに列席する。山川均、荒畑寒村、大森義太郎、向坂逸郎、上司小剣、白柳秀湖らも参列した。 『葉山嘉樹全集』日記
5月7日 斎藤茂吉(50)、横浜金沢の大橋別邸に行き牡丹園を見、金沢文庫、称名寺を見て帰る。短歌「白桃」二首。 『斎藤茂吉全集』日記
5月15日 室伏高信(41)、津久井郡三沢村の家から、奧津久井の鳥屋村、さらに青山村をめぐる。はじめて啄木鳥を見る。「啄木鳥よ、森の聖者よ、ただひとり森を楽しむ孤独なるものよ」。 『三沢村日記』
5月 小林秀雄(31)、鎌倉の扇ケ谷三九一番地に移転する。 『現代日本文学大系』60年譜
5月 並木秋人(39)、大山登山をする. 中畑信雄『歌人並木秋人』
初夏 佐藤佐太郎(23)、横浜に遊ぶ。短歌「横浜」七首。 『佐藤佐太郎全歌集』
初夏 青柳菁々(31)、三浦三崎に行き、城ケ島に遊ぶ。俳句二句。 『句集雪のワルツ』
6月15日 柳宗悦(44)、横浜港から秩父丸で出航、ハワイ大学夏期講義の講師として招かれ、ハワイに向かう。藤原義江も同じ船客であった。8月31日に、太平洋丸で横浜に帰着する。 『柳宗悦全集』書簡
6月18日 宮柊二(20)、横浜の鶴見に行き、叔父を訪ねる。実弟と総持寺の裏山に上る。「この松山はかつて去年の五月郁さんと来て、ともに語り、ともに嘆息いたところ」。翌日、実弟と東京に向かう。 宮英子編『宮柊二青春日記』
6月20日 高浜虚子(59)、横浜の戸塚に行き、親縁寺で鎌倉俳句会を催す。俳句三句。 『句日記』
6月 古木鉄太郎(33)、横浜に行き、兄を十全病院に見舞う。 「兄の死」
7月1日 尾山篤二郎(43)、茅ケ崎に友人と行き、新築の宇都野氏別荘に遊び一泊する。 滝沢博夫『評伝尾山篤二郎』年譜
7月3日 津村信夫(24)、鎌倉に病後を養う母のもとへ行く。姉の危篤を告げ、翌日母と神戸に向かう。 『津村信夫全集』日記
7月3日 矢内原忠雄(40)、横浜港から天城丸で出航、南洋群島の視察に向かう。9月16日、横浜に帰港する。 「南洋群島旅行日記」
7月3日 高浜虚子(59)、箱根に子の友次郎・晴子を連れて行き、芦ノ湖畔に遊び、箱根ホテルに泊まる。俳句二句。「箱根だより」。 「箱根だより」、『句日記』
7月7日 生田蝶介(44)、愛甲郡中津川の田代小学校に友人を訪ね、古刹勝楽寺の山に遊ぶ。短歌「中津川畔」。 「中津川畔」
7月24日 高間惣七(43)、横浜に行き、横浜貿易新報社で開かれた、東光会主催の第一回横浜夏期洋画講習会の講師となる。 『横浜近代史総合年表』
7月下旬 西田幾多郎(63)、鎌倉の極楽寺村姥ケ谷五四七番地に求めた別荘に滞在する。10月12日、京都に帰る。以来、毎年数カ月を鎌倉にすごすことになる。 『西田幾多郎全集』書簡
8月1日 宮柊二(20)、横浜の鶴見に叔父を訪ね、いろいろと相談する。 宮英子編『宮柊二青春日記』
8月2日 新渡戸稲造(70)、横浜港から出航、カナダ・バンドン会議に出席する。10月16日(日本時間)ヴィクトリア市の病院で死去。11月16日秩父丸で遺骨が帰国した。 東京女子大学新渡戸稲造研究会『新渡戸稲造研究』年譜
8月12日 武田麟太郎(29)、鎌倉の長谷に林房雄を訪ねて逗留する。小林秀雄とも会う。 『川端康成全集』川端あて書簡
8月13日 小沢碧童(51)、湯河原に行き、中西屋に泊まる。俳句「湯河原風景」三句。 「湯河原風景」
8月19日 鶯亭金升(65)、逗子に行き、桜山に仮寓する花柳寿太郎を訪ね、浜遊びをし一泊する。 日記
8月 窪田空穂(56)、箱根に遊ぶ。短歌「箱根山」。 『窪田空穂全集』年譜
8月 牧野信一(36)、足柄上郡上大井村の宇佐美方に夏をすごす。昆虫採集を試み「夜見の巻」を書く。 『牧野信一全集』年譜
8月 水上滝太郎(45)、逗子の新宿のピアス別荘に転地する。長男の健康のため、15年夏まで毎年夏の週末を逗子ですごす。 『水上滝太郎全集』年譜
8月 宮本百合子(34)、国府津の父の別荘に滞在する。11日の日記―「渚に立つて、足の先を波に洗わせながら自分は思いに沈んだ。愛するものの逞しい腕につらまつてこの波に浮び、全身を力づよい潮にまかせて洗われたら、どんなに幸福であろうか、と」「四辺がすつかり暗くなつた。夜づりの灯が水平線に規則正しい間かくを置いてキラキラ輝き出した。それは陸から見ると美しい。しかし、その沖の灯の下にある飢えを考えると、私共はその美しさを云々することに気恥しさを感じる。社会は変らねばならぬ。すべての自然の美を、美として甦らせ得る社会が来なければならぬ。」。 『宮本百合子全集』日記
8月 染谷進(30)、湯河原に病後の静養をし、ついで大磯に移る。 『染谷進歌集』年譜
長谷川銀作(39)、横須賀に行き、野島沖ですずき釣りに興じる。短歌「すずき釣」五首。 「すずき釣」
堀口大學(41)、鎌倉に避暑する。 「旅十年分」
鈴木信太郎(仏文学)(38)、葉山の一色に小住宅を建て、家族と共に海水浴を楽しむ。以来17年まで夏は葉山ですごす。 『鈴木信太郎全集』年譜
夏カ 林房雄(30)、鎌倉の内で長谷の原ノ台に転居する。 「鎌倉文士」
晩夏 吉江喬松(52)、箱根に娘を連れて行き、四、五日滞在する。 『吉江喬松全集』書簡
9月19日 臼田亜浪(54)、横浜に飛鳥田孋無公(れいむこう)を見舞う。22日、飛鳥田孋無公(れいむこう)(37)、神奈川区篠原町富士塚の自宅で死去する。24日、久保山火葬場で荼毘に付される。 『増補現代俳句大系』1解説
9月23日 寺田寅彦(54)、地震研究所所員たちと藤沢の江の島、鎌倉に遊ぶ。海浜ホテルに一泊して24日帰京する。 『寺田寅彦全集』書簡
9月下旬 青山光二(20)、横浜に移り、YMCA上階のアパートに住み、三カ月余を暮らす。 「青春の文学放浪記」
9月 深田久弥(30)、鎌倉の内で二階堂九一番地に転居する。 「鎌倉仲間」
10月1日 乾直恵(32)、二子玉川の亀屋の二階で催された小倉緑村の「あけぼの」句会に、佐藤惣之助らと共に出席する。 上田周二『詩人乾直恵』
10月6日 斎藤茂吉(51)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在し、「柿本人麿」を読む。9日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
10月7日 山口茂吉(31)、柴生田稔、佐藤佐太郎らと箱根に行き、強羅の別荘に斎藤茂吉を訪ねる。 『斎藤茂吉全集』日記
10月7日 五百木飄亭(62)、鎌倉に行き、鎌倉山の近衛文麿を山荘に訪ねて歓談する。 『飄亭句日記』
10月8日 五百木飄亭(62)、川崎に行き、「某氏宅」で開かれた恵和会「支部」設立の相談会に出席する。 『飄亭句日記』
10月15日 川端康成(34)、鎌倉の林房雄に招かれてハゼ釣りに行く。 『川端康成全集』年譜
10月28日 森田草平(52)、横浜に行き、横浜商業学校第四回文芸講演会で講演する。佐藤春夫も講演する。 『横浜近代史総合年表』
10月 中戸川吉二(37)、吉井勇、福田正夫と小田原に行き藤館に泊まる。吉井勇、福田正夫の帰京後も止まり、一カ月余り滞在する。 「三月の日記」
10月 三木清(36)、鎌倉に行き、「文化の根源と宗教」を講演する。 『三木清全集』年譜
太田水穂(56)、妻四賀光子らと箱根に遊ぶ。短歌「箱根」十四首。 『太田水穂全歌集』年譜
直木三十五(42)、湯河原に執筆に行き、天野屋に滞在する。笹本寅らを招き、川口松太郎に接待させる。笹本寅「湯河原で―」。 笹本寅「湯河原で―」
依田秋圃(47)、伊勢原に行き、大山に登る。短歌「相模大山」九首。 「相模大山」
大谷碧雲居(48)、三浦三崎に行き、城ケ島で釣りを楽しむ。俳句「城ケ島に釣る」一句。 「城ケ島に釣る」
岡麓(56)、川崎の柿生に行く。「杉木立小川竹やぶわらぶき屋行くさきざきに柿のなりたる」。短歌「柿生」五首。 「柿生」、『岡麓全歌集』
11月12日 石川不二子、藤沢に生まれる。 「別冊文芸読本女流短歌」
11月12日 高浜虚子(59)、箱根に行き、強羅の村山氏別邸で七宝会を催す。「秋晴や皺よく見ゆる双子山」。俳句七句。 『句日記』
11月12日 五百木飄亭(62)、鎌倉に行き、山ノ内の中嶋真雄の香徳堂で催された「東亜問題先覚亡霊追弔会」に参列する。 『飄亭句日記』
11月13日 河竹繁俊(44)、本間久雄、山田清作と熱海に坪内逍遙を訪ね、熱海から箱根をドライブする。 「箱根へのドライブ」
11月23日 津村信夫(24)、叔父と伊豆を小旅行したのち湯河原に遊び、天野屋に泊まる。「伊豆の小春日記」。 「伊豆の小春日記」
11月26日 上田進(26)、藤沢の鵠沼に妻千代子(秋田雨雀の娘)の療養がてら引越す。11年に帰京する。 『秋田雨雀日記』
11月末 谷崎潤一郎(47)、横浜の鶴見町豊岡二八五の上山草人宅に行き、滞在する。 『谷崎潤一郎全集』年譜
11月 鈴木大拙(63)、横浜港に行き、来日の中国の文学者胡適を出迎え、会談する。 『鈴木大拙全集』年譜
12月10日 五百木飄亭(62)、鎌倉に行き、鎌倉山の山荘に近衛文麿を訪ねる。「峽間より小春凪して由比ケ浜」。 『飄亭句日記』
12月26日 土屋文明(43)、斎藤茂吉と鎌倉を散歩し一泊する。 『論考』年譜
12月31日 土屋文明(43)、箱根の強羅の山荘に斎藤茂吉を訪ねる。斎藤茂吉は夫人の事件で心痛しており、往来がない。 『論考』年譜
12月 山口茂吉(31)、真鶴岬に遊ぶ。 加藤淑子『山口茂吉』
12月 松根東洋城(55)、横浜に行き、中華街の金陵で中華料理を食べる。俳句「中華料理」十句。 「中華料理」、「渋柿」
12月 中戸川吉二(37)、小田原に行き、藤館に十日間ほど滞在する。 「三月の日記」
月日未詳 中里恒子(24)、逗子の桜山仲町一六五六番地に新築して転居する。 『中里恒子全集』年譜
月日未詳 中山晋平(46)、箱根の仙石原に避暑のための家を建てる。以後しばしば訪れる。近くに吉井勇の別荘もある。 『定本中山晋平』
月日未詳 丸岡明(26)、大磯に療養中の妹を見舞う。 『丸岡明小説全集』年譜
昭和09年(1934年)
1月6日 半田良平(46)、津久井に行き、相模川沿岸の川尻付近を歩く。短歌「東京近郊散索」四のうち八首。 「東京近郊散索」
1月11日 荻原井泉水(49)、横浜に行き、県立横浜第一高等女学校専攻部(現横浜平沼高校)の国文科講師として、初めて出講する。二学期間講じる。 『山ぎり集』年譜
1月17日 柳田国男(58)、川崎に行き、南武線の沿線を歩く。この頃より、毎水曜日に、主として多摩川の周辺を散歩する。 『定本柳田国男集』年譜
1月24日 五百木飄亭(63)、川崎に行き、恵和会座談会に出席する。 『飄亭句日記』
1月 中戸川吉二(37)、小田原に吉井勇と行き、藤館に一泊する。 「三月の日記」
1月 並木秋人(40)、川崎の宮前に行き「宮前村青年団々歌」の披露と演奏の会に列する。 中畑信雄『歌人並木秋人』
2月4日 土屋文明(43)、三浦半島の走水に遊ぶ。短歌十首。
2月8日 西田幾多郎(63)、鎌倉に行き姥ケ谷の家に滞在する。7月25日から10月5日の間も滞在する。 『西田幾多郎全集』日記
2月11日 長谷川銀作(40)、横浜の神奈川会館で開かれた横浜貝殻会主催の歌集『桑の葉』出版記念会に出席する。 『長谷川銀作全歌集』年譜
2月18日 石川武美(46)、横浜に行き、杉田の梅を見る。 『石川武美全集』年譜
2月25日 五百木飄亭(63)、鎌倉に行き、鎌倉山の山荘に近衛文麿を訪ねる。 『飄亭句日記』
2月26日 斎藤茂吉(51)、鎌倉に行き、作歌勉強などして、28日帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
2月 中戸川吉二(37)、小田原に三宅周太郎と行き、藤館に三日ほど遊ぶ。 「三月の日記」
2月ごろ 津村信夫(25)、鎌倉に友人と遊ぶ。「交友の記」。 「交友の記」
早春 石田波郷(21)、鎌倉から藤沢の江の島までの回遊バスに乗り、大仏を見、由比ガ浜に出、ついで江の島にも渡り、藤沢をまわって帰る。「湘南」。 「湘南」
早春 岡麓(56)、鎌倉に遊ぶ。「鎌倉の寺々のこる道に住む人はむかしを思ふとなしに」。短歌「鎌倉」九首。 「鎌倉」、『岡麓全歌集』
3月4日 高浜虚子(60)、橘樹郡の稲田町登戸に武蔵野探勝会で行き、龍安寺を訪ねる。星野立子、山口青邨らも参加する。俳句八句。星野立子「梅花村」。 星野立子「梅花村」
3月13日 牧野信一(37)、小田原の実家に帰り滞在する。 『牧野信一全集』書簡
3月30日 秋田雨雀(51)、藤沢の鵠沼に新宿発3時の小田急で行き、松岡鎮雄の別荘で結核療養中の娘千代子を見舞う。一泊する。 『秋田雨雀日記』
3月 海音寺潮五郎(33)、鎌倉に居を移す。翌年10月東京に移る。 尾崎秀樹『海音寺潮五郎、人と文学』
3月 小沢碧童(52)、鎌倉に行き、産女霊神に返り詣でをして、一日清遊する。俳句五句。
4月1日 高浜虚子(60)、横浜に武蔵野探勝会で行き、鶴見在の三ツ池をめぐる。「三つ池三つ並びをり春の山」。俳句三句。7月1日には鎌倉の大塔宮に吟行する。 『句日記』
4月1日 与謝野晶子(55)、「冬柏」の同人らと箱根に遊ぶ。翌日、与謝野寛も合流する。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
4月11日 斎藤茂吉(51)、「湘南」(鎌倉ヵ)に行き、「アララギ」の選歌などして、13日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
4月18日 大手拓次(46)、茅ケ崎の南湖院で結核のため死去する。北原白秋夫妻、通夜に列する。19日荼毘に付せられる。 『大手拓次全集』年譜
4月 中島敦(24)、横浜の中区柏葉八九番地の市営アパートに転居する。 『中島敦全集』年譜
4月 今井邦子(43)、東海自動車の案内で娘達と熱海、箱根に遊ぶ。短歌九首。 『今井邦子短歌全集』年譜
4月 山川均(53)、山川菊栄(43)、鎌倉極楽寺の自宅裏にウズラの飼育場を作る。 『山川菊栄集』年譜
4月 柴田錬三郎(17)、慶応義塾大学医学部予科に入学し、この年から移転した橘樹郡の日吉の校舎に通う。「日吉のあれこれ」。 澤辺成徳『無頼の河は清冽なり』
小林勇(31)、藤沢の鵠沼に岩波茂雄と二人で行き、岩波書店への復職について話し合う。 『一本の道』
大谷碧雲居(48)、鎌倉に行き、円覚寺を訪ねる。俳句「円覚寺」一句。 「円覚寺」
5月4日 土屋文明(43)、「アララギ」選歌のため、斎藤茂吉と鎌倉に行き、一泊する。 『論考』年譜
5月6日 谷鼎(37)、郷里の秦野に師の窪田空穂を案内して遊ぶ。短歌「相模秦野」六首。 「相模秦野」
5月11日 滝井孝作(41)、相模早戸川で山女釣りを楽しむ。 「浮寝鳥」
5月17日 五百木飄亭(63)、横浜に行き、渡米する近衛文麿を埠頭に見送る。 『飄亭句日記』
5月19日 河合栄治郎(43)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に二泊する。ローザ・ルクセンブルクを読み感心する。 『河合栄治郎全集』日記
5月25日 高浜虚子(60)、藤沢に行き、村岡村の天嶽院で鎌倉俳句会を催す。俳句一句。 『句日記』
5月27日 高浜虚子(60)、藤沢の江の島に行き、金亀楼で謡会後臨時句会を催す。俳句一句。 『句日記』
5月 津田青楓(53)、与謝野寛に誘われて鎌倉に行き、内山英保邸での歌会に列席する。主賓は尾崎行雄(咢堂)であり、石井柏亭、有島生馬らも来る。 『自撰年譜』
5月 太田水穂(57)、子の健康のためもあり、鎌倉の扇ケ谷要山に妻四賀光子と杳々山荘を営む。月末休養の場とする。子の太田青丘も折々に静養する。四賀光子「鎌倉雑記」等。太田水穂「鎌倉」五首ほか、四賀光子「鎌倉処々」十六首ほか。 『太田水穂全歌集』年譜
5月 小林秀雄(32)、森喜代美と結婚して、鎌倉扇ケ谷四〇三番地に住む。 『現代日本文学大系』60年譜
5月 永井龍男(30)、文芸春秋の社員旅行に加わり、箱根十国峠を越えて湯河原までハイキングをして一泊する。 『永井龍男全集』年譜
6月14日 高浜虚子(60)、横浜の鶴見に行き、花月園の本家茶屋で七宝会を催す。俳句一句。 『句日記』
6月21日 宮武外骨(67)、津久井の与瀬に行き、相模川で山女魚釣りをする。 『宮武外骨著作集』年譜
6月24日 加藤一夫(47)、川崎の小杉に移住する。「新居」。 「新居」
6月24日 矢内原忠雄(41)、横浜港から横浜丸で出航、ヤップ島視察に向かう。7月31日、横浜港に帰港する。 「ヤップ島旅行日記」
6月 佐藤惣之助(43)、川崎の溝口に国木田独歩記念碑を建てる。佐藤惣之助の発案による。 藤田三郎『佐藤惣之助』年譜
6月 津田青楓(53)、荻原井泉水に招かれて鎌倉に行く。久米正雄、佐藤惣之助らも同席する。 『自撰年譜』
初夏 鈴木花蓑(52)、横浜に行き、二俣川の畠山重忠戦死の地を見る。俳句一句。
初夏 吉屋信子(38)、鎌倉に行き、婦人雑誌の依頼で建長寺で管長と対談をする。 「菅原時保」
7月8日 荻原井泉水(50)、三浦半島に行き、小網代で鯖釣りに興じる。この年初めてのひぐらしの声を聞く。 『山ぎり集』年譜
7月中旬 黒島伝治(35)、上京して、7月7日に新聞紙法違反の判決をうけた後、横浜港から太洋丸に乗船、13日、故郷の小豆島に帰る。 『黒島伝治全集』書簡
7月17日 大熊信行(41)、名取春仙(48)、鶴田吾郎(44)、浜田庄司(39)、細木原青起(49)ら旧砂文学会の同人たちが、荻原井泉水に招かれて鎌倉のその邸に行く。 荻原井泉水『山ぎり集』年譜
7月23日 津田青楓(53)、久米正雄(42)、佐藤惣之助(43)ら、鎌倉扇ケ谷の荻原井泉水邸の宴に列する。 荻原井泉水『山ぎり集』年譜
7月26日 久保栄(33)、名古屋からの帰途、国府津に一泊する。 「伝記おぼえ書」
8月5日 高浜虚子(60)、横浜に武蔵野探勝会で行き、畠山重忠の霊堂から不動滝などを訪ねる。星野立子らも同行する。俳句八句。赤星水竹居「畠山重忠公霊堂」。 赤星水竹居「畠山重忠公霊堂」
8月14日 斎藤昌三(47)、箱根に行き、塔ノ峰でのスタール博士の一周忌に参列する。 「新富町多与里」
8月16日 高浜虚子(60)、箱根に一行十余人で行き、元箱根の松阪屋に一泊、句会を開く。俳句七句。 『句日記』
8月16日 妹尾義郎(44)、葉山に子供を連れて行き、久留和で拘留後の静養をしていた高野実を訪ね、海にも出て、終日語る。 『妹尾義郎日記』
8月20日 宮本和吉(51)、鎌倉姥ケ谷に西田幾多郎を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
8月24日 和辻哲郎(45)、鎌倉姥ケ谷に西田幾多郎を訪ねる。以来しばしば訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
8月24日 谷鼎(37)、秦野に帰省する。短歌「帰省」二首。 「帰省」
8月26日 斎藤茂吉(52)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在し、「柿本人麿」の校正や索引作りなどして、9月1日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
8月26日 高浜虚子(60)、藤沢に行き、弥勒寺畔の山下紅冠子居で玉藻句会を催す。俳句二句。 『句日記』
8月 辻潤(49)、読者を頼って、静岡県藤枝から、湯河原、小田原あたりを流れ歩く。 『辻潤全集』年譜
8月 村山知義(33)、藤沢の鵠沼に滞在する。 「伝記おぼえ書」
8月 金子光晴(38)、妻の森三千代、子の乾と一家三人で藤沢の片瀬に避暑、二十日間ほど滞在する。 『金子光晴全集』年譜
柳田国男(59)、茅ケ崎の別荘ですごす。 『定本柳田国男集』年譜
9月11日 河野与一(37)、鎌倉姥ケ谷の別荘に滞在中の西田幾多郎を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
9月11日 井上剣花坊(64)、鎌倉建長寺内正統院に8月以来滞在し執筆に専念していたが、4日、脳溢血で倒れ、この日死去する。13日、建長寺で盛大な葬儀が営まれる。「鎌倉雑詠」五句。 井上信子編「井上剣花坊句集」小伝・年譜
9月中旬 暁烏敏(57)、上京の途次、横浜の大谷派別院に立ち寄る。以後数年間毎年のように立ち寄る。 『暁烏敏全集』日記
9月20日 河合栄治郎(43)、茅ケ崎に行き、妻の母を見舞うが、すでに昏睡状態であった。 『河合栄治郎全集』日記
9月28日 高浜虚子(60)、横浜の戸塚に行き、親縁寺で鎌倉俳句会を催し、内山旭楼の庭園を見る。俳句四句。 『句日記』
9月 並木秋人(41)、逗子に行き、神武寺に吟行する。翌月、再び行く。かつてここに過ごした若い日を思う。「逗子の浦小坪の突端の見ゆるだにわかき血燃えのよみかへり来も」「田浦船越横須賀よあがる軍艦のけむりもわかき日を蘇らしむ」。 中畑信雄『歌人並木秋人』
9月 神西清(30)、鎌倉の二階堂に移り住む。「文芸春秋」編集長菅忠雄の斡旋による。家賃十八円。 『神西清全集』年譜
9月 直木三十五(43)、横浜の金沢の富岡字東一九八二の新築の家に移転する。 『直木三十五全集』年譜
10月2日 島崎藤村(62)、川崎の溝口の亀屋前に建てられた国木田独歩碑を、招かれて見学に行く。 小倉緑村「中桐確太郎先生の一句」
10月9日 中島健蔵(31)、鎌倉に今日出海夫妻と終列車で行く。11日、今日出海と病気静養中の山田珠樹を見舞う。「鎌倉に住みたくなつてきた。音がちがう。光がちがう。大ぜい鎌倉に住んでいる理由がわかつた」と日記に記す。 『回想の文学』
10月14日 宮武外骨(67)、小田急で伊勢原に行き、バスで大山に、ケーブルカーで阿夫利神社に詣でる。「外骨の健脚は猿よりも敏捷」と同行者が評する。 木本至『評伝宮武外骨』
10月14日 徳川夢声(40)、三浦三崎に子供たちを連れて行き、油壺の臨海実験所などをめぐる。俳句二句。 『雑記・雑俳二十五年』
10月 今井邦子(44)、横須賀に大井重代を訪ね、帰途、葉山大崩の浜に案内される。短歌五首。 『今井邦子短歌全集』年譜
10月 岡本綺堂(62)、舞台社同人と箱根に遊ぶ。 『思ひ出草』
富安風生(49)、鎌倉に行き、明月院の北条時頼の墓に詣でる。「手にしたる赤のまんまを手向草」。 「手にしたる赤のまんまを手向草」詞書き
松根東洋城(56)、箱根に行き、旧道から芦ノ湖畔に至り、箱根ホテルに休み、再び旧道を下る。俳句「箱根行」十三句。「秋晴や須雲畑宿坂の中」。 『東洋城全句集』
渡辺白泉(21)、横浜に遊ぶ。俳句「横浜山手風景」二句。 『渡辺白泉全句集』
松本たかし(28)、箱根の姥子に俳句仲間と行き、十五夜の月を観る。「箱根姥子観月 十二句」。 「箱根姥子観月 十二句」
依田秋圃(48)、小田原に行き、大雄山に登る。短歌「相模大雄山」三首。 「相模大雄山」
11月11日 五百木飄亭(63)、鎌倉に行き、山ノ内の中嶋真雄の香徳堂で催された「東亜問題先覚秋季供養」に参列する。 『飄亭句日記』
11月12日 河合栄治郎(43)、国府津に行き、泊まる。「学徒としての自分と実践者としての自分との二つが争つている」ことを思う。 『河合栄治郎全集』日記
11月17日 河合栄治郎(43)、平塚と横須賀で神奈川県公民教育会の講演をしたのち、逗子に行き、山田邸に泊まる。翌日、鎌倉に小野塚喜平次を訪ねる。 『河合栄治郎全集』日記
11月23日 松根東洋城(56)、鎌倉に行き、本覚寺で開かれた「渋柿」二百号記念の湘南大会に出席する。俳句三句。 「湘南大会」(湘南同人記)、「渋柿」
11月27日 尾佐竹猛(54)、横浜に行き、文明教会二十五周年学術講演会で、「大隈重信侯と横浜・横須賀」を講演する。 『横浜近代史総合年表』
11月 林不忘(34)、鎌倉の内で、小袋坂に新築中の通称「からかね御殿」に転居する。 『大衆文学大系』18年譜
11月 永井龍男(30)、鎌倉の大塔宮前の二階堂九一番地に移り住む。今日出海の手引きによる。 『永井龍男全集』年譜
五味保義(33)、逗子に遊ぶ。短歌「逗子にて」七首。 「逗子にて」
中村草田男(33)、鎌倉円覚寺に、成蹊学園の生徒を引率して行き、参禅する。 『中村草田男全集』年譜
西東三鬼(34)、横浜に行き、外国人墓地などを見る。俳句「横浜風景」。 「横浜風景」
12月16日 生田蝶介(45)、真鶴の松本町長に招かれて、蜜柑山に遊ぶ。短歌「真鶴海岸」。 「真鶴海岸」
12月 久保田万太郎(45)、箱根に遊ぶ。俳句「箱根にて」。 「箱根にて」
12月 福士幸次郎(45)、箱根の強羅に行く。 『福士幸次郎著作集』年譜
月日未詳 宮柊二(22)、横浜の鶴見の佃野六三三番地に、新潟県から一家をあげて移り住む。 『宮柊二全集』年譜
昭和10年(1935年)
1月20日 五百木飄亭(64)、鎌倉に行き、鎌倉山の山荘に近衛文麿を訪ねる。 『飄亭句日記』
1月21日 西田幾多郎(64)、鎌倉に行き、姥ケ谷の家に滞在する。3月31日に京都に帰る。7月26日から10月6日、12月4日から13日の間も滞在する。 『西田幾多郎全集』日記
1月24日 西田幾多郎(64)、鎌倉姥ケ谷に滞在中、鎌倉山から藤沢の江の島に散歩する。 『西田幾多郎全集』日記
1月末 牧野信一(38)、横須賀に行き、山王町六八番地の義弟浅原辰雄方に滞在する。10月上旬には帰京する。 『牧野信一全集』書簡、「ペルリ行」、「岬の春霞」、「城ケ島の春」
1月 窪田空穂(57)、浦賀に遊ぶ。短歌「浦賀」。 『窪田空穂全集』年譜
2月1日 谷川徹三(39)、和辻哲郎、岩波茂雄と、鎌倉姥ケ谷に滞在中の西田幾多郎を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
2月24日 臼田亜浪(56)、横浜に行き、杉田の妙法寺境内に建てられた飛鳥田孋無公(れいむこう)の句碑「さびしさは星をのこせるしぐれかな」の除幕式に行き、「一脉のいのちを咲いて梅の木は」の一句を献じる。 『臼田亜浪全句集』ほか
2月24日 林原耕三(耒井)(47)、横浜に行き、飛鳥田孋無公(れいむこう)の句碑除幕式に参列する。俳句二句。
2月28日 与謝野晶子(56)、「冬柏」の同人らと、三浦半島の観音崎、浦賀、久里浜に吟行する。 『遺稿歌集』年譜
2月 辻潤(50)、小田原在中島四一番地に住む津田光造方に4月まで同居する。 『辻潤全集』年譜
2月 久保田万太郎(45)、鎌倉に遊ぶ。俳句二句。 句詞書き
3月1日 小沢碧童(53)、鎌倉に行き、極楽寺の鈴木邸を訪ねる。俳句一句。4月26日にも一泊して遊ぶ。俳句二十三句。
3月3日 宮武外骨(68)、足柄上郡の松田町へ行き、資料蒐集にあたる。 『宮武外骨著作集』年譜
3月15日 太宰治(25)、都新聞社の入社試験に失敗し、小館善四郎と銀座から横浜本牧に遊ぶ。16日、ひとり鎌倉に行き、深田久弥を訪ね、その夜八幡宮の山中で縊死を企てたが失敗する。 辻淳編『太宰治の言葉』年譜
3月20日 渡辺水巴(52)、鎌倉に七名で吟行し、北鎌倉で下車、浄智寺、東慶寺、明月院、円覚寺をまわり楽々庵に行く。 『水巴俳句輪講』
3月23日 高浜虚子(61)、横浜に行き、桟橋からランチ「桜」に乗り、椿会を催す。「春の海ランチ桜は進み出づ」。俳句三句。 『句日記』
3月 荻原井泉水(50)、国府津在に遊ぶ。 『大江』年譜
吉野秀雄(32)、横浜の金沢に遊ぶ。短歌「武州金沢行」五首。湯河原に遊ぶ。短歌「相州広河原温泉」六首。晩春、箱根に遊ぶ。短歌「相州箱根山中吟」九首。 「武州金沢行」、「相州広河原温泉」、「相州箱根山中吟」
丹羽文雄(30)、妻と離婚し、箱根に行き、底倉温泉で半月をすごす。 『昭和文学全集』11年譜
阿部昭(0)、藤沢に一家転住。12月に鵠沼字下鰯の新居に落ちつく。のち28年に鵠沼字中岡に転居する。 『阿部昭全作品』年譜
高浜虚子(61)、横浜に中村汀女らと「玉藻」の吟行で行き、横浜港内を巡り、金沢長浜検疫所に行く。 中村汀女俳句詞書き
富安風生(50)、逗子に行き、神武寺に遊ぶ。「藁屋根のいたゞく宝珠花の堂」。 「藁屋根のいたゞく宝珠花の堂」詞書き
臼田亜浪(56)、横浜に行き、横浜復興博覧会を見る。俳句六句。
岡麓(58)、鎌倉に行き、瑞泉寺に桜を見る。短歌「鎌倉瑞泉寺」七首。 「鎌倉瑞泉寺」、『岡麓全歌集』
4月3日 生田蝶介(45)、伊勢原を訪れる。短歌「阿夫利山麓」。 「阿夫利山麓」
4月4日 河合栄治郎(44)、夜、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。10日まで滞在、「中央公論」の原稿「改革原理としての思想大系」を書く。 『河合栄治郎全集』日記
4月30日 北大路魯山人(52)、北鎌倉山崎の窯場から、鎌倉山の長尾欽弥の山荘に招かれて行く。「長尾欽弥氏の鎌倉山荘に招かれて感あり」。 「長尾欽弥氏の鎌倉山荘に招かれて感あり」
4月 牧野信一(38)、三浦三崎、城ケ島のあたりを、鞄一つぶらさげて、独りでさ迷う。「わが生活より」。 「わが生活より」
5月13日 松永延造(40)、横浜の金沢の泥亀二三六番地に移り住む。「雲の夕べに」。 「雲の夕べに」
5月13日 宮武外骨(68)、津久井の青根村に行き、道志川でヤマメ釣りをするが釣れなかった。 『予は危険人物なり』
5月25日 与謝野晶子(56)、正宗得三郎らと箱根に行き、強羅に滞在する。29日に帰京する。短歌「山荘の客」七十九首。 杉本邦子・大塚豊子編『与謝野晶子未発表書簡』年譜
6月2日 高浜虚子(61)、横須賀に武蔵野探勝会で行き、軍艦を見学する。富安風生、星野立子、山口青邨らも同行する。「水兵の釣床を見てふと悲し」。俳句四句。山口青邨「軍艦風詠の記」。 山口青邨「軍艦風詠の記」
6月8日 河合栄治郎(44)、箱根に行き、仙石原の俵石閣に泊まる。「往来」の原稿「自由主義の批判を繞る思想界の鳥瞰」の前半部百二枚を書く。 『河合栄治郎全集』日記
6月21日 河合栄治郎(44)、国府津に行き、泊まる。翌日、箱根に行き、仙石原の俵石閣に三泊する。「一心にチーグレルをよむ。感激興奮。之ほど動かされたことはない」。 『河合栄治郎全集』日記
6月29日 林不忘(35)、鎌倉の小袋坂のまだ一部は工事中の新居で急死する。比企谷の妙本寺に埋葬される。 『大衆文学大系』18年譜
6月29日 斎藤茂吉(53)、土屋文明と鎌倉に行き、翌日にかけて「アララギ」の選歌をする。 『斎藤茂吉全集』日記
6月 牧野信一(38)、持病が再発し、箱根に母と行き、滞在する。「わが生活より」。 「わが生活より」
7月3日 小杉天外(69)、鎌倉の雪ノ下四一番地字沸谷に家を新築して移転する。以後27年の死まで鎌倉に住む。 『明治文学全集』65年譜
7月7日 高浜虚子(61)、横浜の鶴見に武蔵野探勝会で行き、キリンビール横浜工場を訪ねる。富安風生、松本たかし、星野立子、山口青邨らも参加する。「夏雲のビール工場に運河かな」。俳句五句。富安風生「工場・ガンブリス・七夕竹」。 富安風生「工場・ガンブリス・七夕竹」
7月18日 斎藤茂吉(53)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在する。27日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
7月21日 津田青楓(54)、夏目伸六(26)、鎌倉に行き、扇ケ谷の冬柏山房を訪ねる。 内山英保「山房消息」
7月26日 高浜虚子(61)、葉山に俳友と行き、日蔭茶屋に遊び、ついで赤星水竹居の葉山山荘で鎌倉俳句会を催す。俳句三句。 『句日記』
7月29日 徳川夢声(41)、箱根に娘三人を連れて行き、早雲山の貸別荘に滞在する。借り賃は一週間で七十円ほどである。8月18日、子供たちの帰京を小田原駅まで送る。駅前の書店で牧野信一に出会う。下旬に帰京する。俳句二十一句。 『雑記・雑俳二十五年』
8月4日 斎藤茂吉(53)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在し、「柿本人麿」の長歌の評釈などをする。25日~27日は東京に在る。31日に山口茂吉が来る。9月3日に帰京する。 『斎藤茂吉全集』日記
8月5日 高浜虚子(61)、箱根に一行十三人で行き、元箱根の松阪屋に滞在する。俳句十一句。 『句日記』
8月10日 土屋文明(44)、箱根に「アララギ」一行と行き、別荘に滞在中の斎藤茂吉と観光会館でおちあい夕食を共にする。 『斎藤茂吉全集』日記
8月15日 西田幾多郎(65)、鈴木大拙と、大磯に原田熊雄を訪ねる。 『西田幾多郎全集』日記
8月17日 辻潤(50)、茅ケ崎の斎藤昌三宅少雨荘で開かれた「素面の会」(「素面」は添田知道編集の俳誌)に出席し、一泊する。 『辻潤全集』年譜
8月18日 妹尾義郎(45)、川崎に行き、川崎公会堂で催された全評主催の臨時工制度撤廃大会で演説をする。山花秀雄、高津正道も弁士であった。 『妹尾義郎日記』
8月23日 谷鼎(38)、平塚に行き、例年のように「いくさの勝神様」平塚宮地嶽社に詣でる。短歌「平塚宮地嶽社」一首。 「平塚宮地嶽社」
8月31日 山口茂吉(33)、箱根に行き、強羅の別荘に滞在中の斎藤茂吉を訪ね、共に早雲山の「頓狂旅館」に泊まり、翌日にかけて「アララギ」の選歌をする。 『斎藤茂吉全集』日記
8月 並木秋人(42)、津久井の小倉に行き、クマゼミをきく。 中畑信雄『歌人並木秋人』
富安風生(50)、鎌倉に行き、鎌倉山の樋口家の別荘に遊ぶ。「満目の松涼しさよ海少し」他一句。 「満目の松涼しさよ海少し」詞書き
南部修太郎(42)、鎌倉に避暑する。 沢木みね子「南部さんの思出」
久保田万太郎(45)、鎌倉でひと夏をすごす。 句詞書き
岡麓(58)、厚木に行く。短歌「厚木」六首。 「厚木」、『岡麓全歌集』
都筑省吾(35)、横浜に行き、友人を訪ね、山手を歩く。短歌八首。
9月1日 高浜虚子(61)、北相模の与瀬に武蔵野探勝会で行き、鉱泉宿舎松屋で句会を開く。富安風生、星野立子らも同行する。「出水して尚秋雨や与瀬の宿」。俳句九句。片岡奈王「葛の宿」。 片岡奈王「葛の宿」
9月5日 妹尾義郎(45)、横浜港に行き、日枝丸でアメリカから帰朝した加藤勘十を出迎える。東京まで同行するが、駅の「ホームは警官の垣」であった。 『妹尾義郎日記』
9月19日 入江隆則、横浜に生まれる。 『日本近代文学大事典』
9月29日 神西清(31)、中村光夫夫妻と朝比奈の切通しを越えて、横浜の金沢から横須賀を歩く。 『人物書誌大系』23年譜
10月4日 三木清(38)、鎌倉に行き、西田幾多郎邸で「日本文化の特質」について対談する。 『三木清全集』年譜
10月中旬 北原白秋(50)、川崎の柿生に妻と自動車で柿を探勝し、王禅寺に到りその「閑寂相」に「魂のをのゝき」をさえ感じる。18日に再訪する。「王禅寺に想ふ」。 「王禅寺に想ふ」
10月19日 川端康成(36)、湯河原に行き翠明館に滞在して執筆にあたる。一旦帰京、11月25日に再び行く。 『川端康成全集』書簡
10月20日 宮柊二(23)、横浜の三渓園内待春軒で開かれた「多磨」横浜支部創立歌会に出席する。 「多磨」
10月 太宰治(26)、「ダス・ゲマイネ」の原稿料を文芸春秋から受けとり、山岸外史、檀一雄、小館善四郎を誘い、湯河原に遊ぶ。 辻淳編『太宰治の言葉』年譜
10月 阿波野青畝(36)、鎌倉に松本たかしを訪ねる。 『現代俳句の世界』5
中河与一(38)、三浦三崎に遊ぶ。「三崎の歌」二十一首。 「三崎の歌」
乾直恵(34)、川崎の久本の小倉緑村方で開かれた佐藤惣之助満洲旅行の壮途を祝う「あけぼの」句会に出席する。 上田周二『詩人乾直恵』
松本たかし(29)、箱根に遊ぶ。「箱根行 七句」。 「箱根行 七句」
飯田蛇笏(50)、鎌倉に遊ぶ。俳句「鎌倉にて」一句。 「鎌倉にて」
11月1日 土屋文明(45)、「アララギ」の選歌のため、斎藤茂吉と鎌倉に行き、一泊する。 『論考』年譜
11月20日 神西清(32)、横浜へ出勤する。21日、22日も同じ。 『人物書誌大系』23年譜
11月22日 松本雲舟(52)、横浜港からオレゴン丸で出航、アメリカ太平洋沿岸の視察に向かう。翌年2月16日に帰国する。 『近代文学研究叢書』65
11月22日 高浜虚子(61)、鎌倉在の本郷村石橋に行き、長慶寺で鎌倉俳句会を催す。俳句一句。 『句日記』
11月 武者小路実篤(50)、藤沢の鵠沼海岸に行き、東屋に滞在し、執筆する。12月10日ごろ帰京する。 『武者小路実篤全集』書簡
11月 北原白秋(50)、多摩川、桝形山、登戸に「多磨」同人と吟行する。 「多磨」
中村草田男(34)、横浜の鶴見の総持寺に、成蹊学園の生徒を引率して行き、断食の行をする。 『中村草田男全集』年譜
12月1日 山室軍平(63)、横浜に行き、開港記念会館で開かれた、救世軍渡来四十周年記念の夕べの会で講演する。 『横浜近代史総合年表』
12月5日 賀川豊彦(47)、横浜港から出航、米国基督連盟の招きでアメリカに向かう。翌年10月12日に帰国する。 『人物書誌大系』25年譜
12月5日 川端康成(36)、鎌倉の浄明寺宅間谷にある小泉三申の持家を借りて引越す。林房雄の世話による。小林秀雄、深田久弥の誘いもあった。 『川端康成全集』年譜、書簡
12月27日 土屋文明(45)、斎藤茂吉と湯河原に行き、「アララギ」の選歌のため、中西屋に二泊する。 『論考』年譜
月日未詳 石川三四郎(58)、藤沢の辻堂の三浦精一宅で開かれた東洋文化史の研究会に毎月出席する。 『石川三四郎著作集』年譜
月日未詳 菊池重三郎(34)、大磯に居を移し、北本町、西小磯、山王町と転々とする。 『叙情の人・菊池重三郎』年譜